【IN-Child(9)】現代を支える「こだわる」力

琉球大学教育学部教授 韓 昌完

ひと昔前、テレビもない時代の子どもたちが依存していたのは、本や自然、友達からの情報、大人(親・教員)の教えであったろう。当時の子どもたちは、知りたいことや気になることがあると、本を読んだり大人から話を聞いたりして情報を手に入れていたようだ。

そんな中にも「こだわり」の強い子はいたはずだ。特に虫や花、雲の動きなど、自然界に興味を持つ子どもは多かったのではないか。彼らは本を読んで自分なりに疑問を突き詰め、分からないときには大人に根掘り葉掘り聞いて調べ尽くし、納得がいくまで研究を続けていたかもしれない。

しかし、当時は情報源が少ないために、「こだわる」にも限界があったと思う。少ない情報源から得たものを整理し、納得することで、すっきりして次の知りたいことに移っていくという過程をたどっていたと推測する。

時代が進み、インターネットやスマートフォンが普及し、子どもたちの周りには多くの情報があふれかえっている。SNS上でつながる人たち、インターネットから得られる膨大な情報など、さまざまな情報源がある。

加えて、それら情報源は常に全世界とつながっており、目まぐるしく更新され続けている。昨日新しかった情報が、今この瞬間、古い情報になってしまっているのだから、子どもたちは常に新しい情報を求め続けてしまう。

つまり、特に「こだわる」子どもは、こだわりの追求に日々のエネルギーを費やしてしまう。1つの物事にどこまでも、際限なくこだわることができる時代になったのだ。

ある研究によると、「こだわる」という事象は、狩猟・採集時代の環境が由来となっているという。種の存続のために、集団ではなく1人(単独)で生きる人間がいたとする「単独狩猟者理論」というものがある。

そうした人たちは、社会的関係性からではなく、自給自足の生活を営んで食料を得る必要があった。そのため、生物や植物の習性をたった1人で学び、何度も反復して確認作業を行い、食料の加工方法を追求するこだわりを身に付けてきたと考えられている。原始時代、たった1人で生きていくためには、こうした力が必要だったのかもしれない。

社会の高度化により、人同士の関わりにたけた、社会性のある人が有利に働く時代が続いてきた。しかし、ITが生産力となる現代社会では、逆に人同士のつながりよりも、集団から離れ個々が独立した場面が増えると予想される。

とことんこだわれる時代だからこそ、こだわる力を障害や病気として扱うのではなく、社会の可能性として発揮できるような教育が未来を支えていくのではないだろうか。

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