【IN-Child(11)】子どもの苦手に執着しない

琉球大学教育学部教授 韓 昌完
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現在の教育システムにおいて、学習方法が合わないという子どもたちに関する悩みも寄せられる。特に、ノートやプリントに手書きする場面では、その「できなさ」が顕著であるために悩む教員や保護者が多い。

寄せられた事例の原因を探ってみると、板書などを書き写すのが苦手だったり、プリントの空欄を埋められずに眠ってしまったりしている子どもの中には、授業内容に興味がないだけの子もいると分かってきた。また、読み書き以外の方法で自分なりの答えを導き出し、自分が得意な方法で他人に伝える手段を持っている子もいた。

こうした場合、単純に読み書きが苦手であるとひとくくりにして、苦手克服のための学習支援を続けたり、書くことを強制したりするとどうなるだろうか。ニーズに合わない学習支援は、その子の自己肯定感をも低下させてしまいかねない。

一つ事例を紹介したい。仮にその子どもの名を「ももちゃん」としよう。ももちゃんは、文字を書くのが苦手な子だった。授業内容は分かっているのにノートにうまく書き込めないため、みんなから学習が遅れていた。ももちゃんの担任は少しでも遅れを取り戻してもらおうと、「ももちゃんが書き終わるまでみんなで待つ」「ももちゃんが書く時間だけ少し延ばす」など、苦手克服に向け支援をした。しかし、ももちゃんは「もう勉強したくない…」と机に突っ伏してしまった。

この場合どうすればよかったのか。少し視点を変えれば、ももちゃんは学習のモチベーションを取り戻すことができる。方法は2つ、苦手な手書きに代わる手段を見つけることと、本人がやる気を起こし、自信がある方法を取り入れることだ。

学習や日常生活に影響がなければ、ICT機器を活用したり、テストの回答をマークシート方式や図(絵)にしたりと、手書き文字にこだわらなくてもよい部分はある。また、つい苦手なことに注目してしまいがちだが、ももちゃんは絵を描くのが好きで、得意にもしている。机やノートに落書き(大人から見れば)をしては「集中しなさい」と怒られていたが、ももちゃんにとっては自分に合った表現方法の一つだったのだ。

さまざまな代替手段を選択できる現代において、「教科書通りに書けない」ことは、生きる上でそう大きな問題にならないのではないか。むしろ、社会的変化を考えると、苦手なことにこだわるよりも、代替手段を活用する方法を学ぶ必要があるのかもしれない。

一方で、やりたいことや得意なことを生かす力を伸ばす教育も求められるだろう。ももちゃんのように絵が得意な子は、国語の文章要約や社会の歴史的事実などの発表場面で、絵を描いてもよいと思うのだ。ももちゃんだけでなく、学級の全ての子どもたちにも、新しい視点を投げ掛け、理解を深める助けになるだろう。

 

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