【ICEモデル(10)】 評価を促すICE動詞

京都情報大学院大学副学長・教授 土持 ゲーリー 法一
この連載の一覧

アクティブラーニングの評価は難しい。なぜなら、知識と同じ物差しで評価しようとしているからである。ルーブリックの権威、ダネル・スティーブンス教授を日本に招へいしたとき、ある著名な大学教員から「『完璧』なルーブリックはあるのか」と尋ねられたことがあった。スティーブンス教授は苦笑しながら、そのようなものは「ない」と即答していた。評価に完璧なものはない。だからこそ、教育的評価(アセスメント)が重要になるのである。

学習パラダイムの提唱者であるジョン・タグ教授は、帝京大学での基調講演で「究極の学習パラダイムは、試験を超越したところにある」と注目すべき発言をした。

すなわち、試験がある限り、完全な学習パラダイムへの移行はできないということになる。

筆者が2012年9月、スー・ヤング博士と会って話を聞いたとき、ICEモデルにICE動詞があることを知り、これを翻訳して日本語で出版するきっかけになった。ICE動詞の具体例については、雑誌『主体的学び』(創刊号)の「表6 ICEレベルの関連動詞一覧」(p.50)を参照してもらいたい。

ICE動詞の例

ICE動詞は学習者の学びを「動詞」を使って表現するもので、教員は学習者の内面を知ることができる。「主体的な学び」がないと嘆く前に、ICE動詞を使った学習指導にチャレンジしてほしい。教員がICE動詞に重点を置くことで、学習者の学びの深さを質的に評価できるようになるだろう。

「学ぶ」という語は「まねる」に由来している。明治の近代化は西洋の見よう見まねで進め、学問に関しても追いつけ追い越せで、「エデュケーション」を意図的に「教育」と誤訳した。そういった点からも日本の学習者はこれまで教員の教えに従順であった。アクティブラーニングが画一的に捉えられていることも否めない。だが、授業には柔軟な発想が必要である。学習者の価値観は多様だからである。

大学の教育現場では、教員が何を教えたかではなく学生が何を学んだか、それをどう可視化するかが問われる。成績や点数が伸びただけでは不十分である。なぜ伸びたのか、どのように伸びたのかを裏付けるエビデンスが求められる。それは高校や小中学校でも同じではないだろうか。持続可能な社会で通用するアクティブラーニングには、ICEモデルという教育的評価(アセスメント)が必要である。

(おわり)

この連載の一覧