【主体的に考え、行動する生徒を育む(1)】「主体性」が欠けた若者たち

学校法人自由の森学園理事長 鬼沢 真之
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ある春の日、ぞろぞろと大学に向かって歩く一群に出会いました。某女子大の入学式のようです。それを眺めながら、私はえも言われぬ違和感を覚えました。皆同じ色の同じような服を着て、髪の色も同じに見えたのです。もちろん制服ではありません。

各人が場違いな服装を避けた結果だとしても、ここまでそろっているのはどうしてでしょう。私には、彼女たちの中で「あえて目立たないように」という心理が強く働いているように感じられました。

この場面に象徴されるように、今の若者たちの多くは過度に周囲に気を配り、突出することを避けて生きているのではないかと危惧しています。

私が勤務する自由の森学園には制服がありません。入学式もスーツ姿や普段着など、新入生はまちまちのスタイルでやってきます。とはいえ、入学前の保護者説明会では決まって「入学式はどんな服装で行けばいいですか」という質問があります。気持ちは分かりますが、わざわざ質問することなのかという思いになるものです。

経産省が行った調査では、新入社員に最も欠けているものに企業の人事採用担当者は「主体性」を挙げています。同じ質問を新入社員にすると「専門スキルの欠如」が多く挙がっており、その認識のギャップも興味深いところです。学校教育でも経済界でも、若者の「主体性」不足は悩ましい問題として捉えられているようです。

そのような状況から、昨今教育界ではアクティブ・ラーニングの必要性が叫ばれています。もちろん詰め込み教育よりはましかもしれませんが、私はかなり懐疑的な見方をしています。

かつて教育課程を厳選し、総合的学習を一つの柱とした学習指導要領の改訂が行われました。ところが、PISAなどの国際学力比較で日本の順位が低下したとたん一気に風向きが変わり、「ゆとりバッシング」の嵐が吹き荒れたのです。総合的学習の成果を待つゆとりもなく、学力テスト体制に学校が飲み込まれていきました。

直近のPISAでは再び読解力の順位が低下しており、同時に大学入試改革もそのずさんな制度設計によって頓挫する羽目に陥って、この先の方向性が見えづらくなってきています。

重要なのは、目先の状況に右往左往せず、方向性を見定めて実践を蓄積することだと思います。

これからしばらく、私の「主体性」に関する見方、考え方にお付き合いいただき、教育現場での議論に役立ててもらえれば幸いです。

【プロフィール】

おにざわ・まさゆき 学校法人自由の森学園理事長。1960年茨城県生まれ。専攻は教育学。自由の森学園教諭、同学園高校校長を経て、13年から同学園理事長。教員時から自由選択講座「林業」を担当。毎週、学園周辺の民有林を高校生らと間伐し、冬には切った木を使い炭焼きを行っている。学園の教育と経営のテーマに地球社会の持続可能性を位置付け、脱炭素化を進めている。著書に『学力を変える総合学習(未来への学力と日本の教育)』(明石書店)。

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