【シティズンシップ教育の可能性(9)】「地球市民教育」の視点

日本シティズンシップ教育学会
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もうじき人類が滅びる――。そういう終末論はどの時代にも存在してきたが、現代は現実問題として本当に人類の存続が危ぶまれる事態に立ち至った初めての時代である。

国連が、2030年までに人類が達成すべき優先課題として「持続可能な開発目標」(SDGs)を採択したのは、現代人のこうした危機意識の表れとも言える。気候変動と並んで人類の持続可能性を脅かす最大の危険因子として挙げられるのが、国際紛争の激化による核戦争の脅威である。

しかし、そもそも核戦争の脅威の本質とは何か。それは「われわれ」(自国、自民族)と「かれら」(他国、他民族)とを二項対立で捉える私たちのアイデンティティーの在り方と、そこから導出された心理的対立のスキーマではないのか。

もし、現代人が政治経済的利害の対立や宗教の違いを超えて、全人類を「われわれ集団」(身内)として捉えることができたならば、「敵」はいなくなる。これこそが究極の安全保障である。

ユネスコが持続可能な開発のための教育(ESD)と並ぶ基幹教育プログラムとして推進する地球市民教育(GCED)は、そんな新しいアイデンティティーの在り方に向けて地球市民性の育成を目指すものであり、シティズンシップ教育の新たな可能性を切り開くものとして注目に値する。

地球市民教育においては、人類社会全体に関わる問題を「自分事」として捉える当事者意識の醸成が重視される。他国の諸問題にも共感的に関わるためには、「日本人」という国民アイデンティティーや「東京都民」「京都市民」といった地域アイデンティティーと併せて、「地球人」アイデンティティーを児童生徒の中に定着させることが必要不可欠である。

あらゆる領域で国際間の相互依存性が一層高まっている現在、地球人アイデンティティーの育成を学校教育の課題として位置付けることは、決して理想論などではなく、世界の現状洞察に立脚したリアリティーを持っていると言わなければならない。

こうした市民性の心理的拡大を可能にするアプローチの一つに、視点取得の訓練がある。米中貿易摩擦、パレスチナ問題、日韓の確執など、現在世界各地で起きている対立や葛藤はどれも「正義の対立」の様相を呈している。いずれの陣営も、自分こそが正義であり相手が間違っているという前提でいるがために対話が成立せず、話は平行線をたどる。

しかし、いったん相手の立場に身を置いてみれば、正邪の構造は相対化され、「正義」へのメタ認知が獲得される可能性が生まれる。

流動性を増す現代社会において、視点取得による正義の多元性の受容を促すシティズンシップ教育は、一層重要になっていくであろう。

【プロフィール】

小林亮(こばやし・まこと) 玉川大学教授。心理学博士。専門は発達心理学、国際理解教育。著書に『ユネスコスクール:地球市民教育の理念と実践』(明石書店)など。

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