【日米の学校(11)】 「あんたの母国語は大丈夫か?」

東京学芸大学附属国際中等教育学校副校長 雨宮 真一
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全ての補習授業校に派遣教員がいるわけではない。小さな学校では現地スタッフしかいないところもあるため、時折出張で他校に赴き、模範授業や研修を行うのも派遣教員の大切な仕事の一つだ。

そんな出張で他州を訪れた際、帰路に空港までタクシーに乗ったときのことだった。乗車後しばらくすると、運転席の電話が鳴り、彼はハンズフリー機能で話し始めた。英語ではない。何を言っているのか分からないが、相手の女性はものすごい剣幕で怒っているようだ。彼も負けじと大声でまくしたてて電話を切った。

「彼女はずいぶん怒っていたようだね」

「そうさ。俺が頼まれたことを忘れたから、嫁さんがおかんむりだ」

私は夫婦げんかの中身よりも、話していた言語に興味が湧いた。

「奥さんとは英語で話さないんだね」

「うん。俺はまだ小さかった頃に、家族でこっちに移ってきたんだ。本当は英語で話す方が楽なんだが、母国語を忘れちゃいけないからね。俺らの祖国は貧乏だから、人がどんどん海外に流れて、将来的には母国語がなくなるかもしれない。だから家族や仲間内では自分たちの言語で話すようにしているんだ。あんたの母国語は大丈夫か?」

日本は小さな島国だが、日本語を使う人々は1億人を超える。英語が話せるようになりたいとは思っていても、日本語が消滅してしまうことを恐れる人はいないだろう。彼のように、使命感を持って日本語を話す日本人なんているのだろうか。

実はいるのだ。近年、北米の補習授業校では、永住や国際家庭の子供の割合が高くなってきている。

そんな中、「国語」の授業ではなく「継承語としての日本語」を学ぶため、補習授業校に通う子供が増えているのだ。そうした子供たちにとって、日本の教科書は難しすぎる。

小学3年生から徐々に学習内容が難化し、音読しても意味が分からなくなってくる。そうして4年生になる前に、親子共々疲れ切って退学してしまうケースが少なくない。

言語はアイデンティティー形成に重要な役割を果たすから、学校をやめてしまったら、子供と日本とのつながりが永久に閉ざされてしまうかもしれない。

退学の決断は、子供の将来を思う親にとって身を切るよりつらいだろう。

言葉を大切にして、ひたむきに努力を続けている人々がいることを忘れてはならない。きっと将来、私たちと世界をつなぐ架け橋になってくれるはずだ。

彼らは今日も懸命に母国語を守っている。

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