【日米の学校(13)】教室が変われば未来は変わる

東京学芸大学附属国際中等教育学校副校長 雨宮 真一
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よく晴れた秋の昼下がり、イチョウ並木の下に人が集まっている。ワシントンDC近郊にもイチョウはある。近づいてみると、人々が銀杏を拾っている。集まっているのは日本人と中国人ばかり。東アジア以外の人は、銀杏は踏みつぶすと臭う厄介なものとしか認識していない。文化が違えば視点も違う。

一昔前、現任校で学活の時間に委員会決めをしていたときのことだ。日本に帰国したばかりの編入生がこうつぶやいた。

「みんな、めっちゃジャンケンするよね」

その生徒いわく、ゲームとしてのジャンケンは知っていても、物事を決める際に用いたことはないそうだ。その子のいた地域の文化なのか、はたまた学校や担任の方針なのか。

理由は分からないが、この言葉が周りの子供たちの心に響いたらしい。その時はみんな「ふーん」と聞いていたが、翌日、学級委員長が私にこう伝えに来た。

「次に係を決めるときは、話し合いや選挙でちゃんと選びたいです」

もちろんですとも。異文化に慣れていない子供が自分と違う視点に触れたとき、拒否反応を示すことは多い。しかし、さまざまな異文化に触れ続けていると、違いを違いとして受け止められるようになる。

違いを面白いものとして受け入れるためには、自分も他者に受け入れられているという実感や自信がなければならない。「その考えって、面白いね」と、互いに堂々と言える環境が必要なのだ。そして、そうした環境を整えるのは、私たち保護者と教師の責任だ。

現代の学校には、課題が山積している。この現状を自分一人で解決できるとは思わない方がいい。教師一人が影響を及ぼせるのはせいぜい教室くらいだ。しかし、教室が変われば日本の未来だって変わる。

私は、日本の最新の教育を在外教育施設に伝えるための助言者として派遣された。しかし、私は自分が伝えられることよりもはるかに多くのことを学んで帰って来た。現地では、多文化国家で人種間の軋轢(あつれき)や葛藤の中に存在する自分自身を垣間見た。企業で働く人たちからは、学校以外でも人を育てている現状を教えられた。現地校の教育から言語教育の新たな側面も学んだ。補習授業校では、母語を大切にする人々の姿勢と努力を見た。

こうした経験は、現在の自分の視点の置き方や発想に大きな影響を及ぼしている。自分の中で起きた変化ゆえ、打ち上げ花火のように外から派手に見えるものではないかもしれない。むしろ炭火のようにチロチロと、しかしより熱く長く燃え続けるパワーだと信じている。この力は思ったよりもじっくりと、そしてしつこく持続するはずだ。

(おわり)

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