【子どもアドボカシー(1)】「子どもアドボカシー」とは

熊本学園大学教授 堀 正嗣
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最近、「子どもアドボカシー」という言葉を聞くことが多くなった。児童虐待防止や子どもの権利擁護のための児童福祉制度改革のキーワードであり、国会や厚生労働省の委員会で検討が進んでいる。そのため、新聞やテレビで取り上げられることも多い。

しかし、この言葉は福祉関係者以外にはまだなじみが薄く、教育関係者においても初めて聞く方が多いかもしれない。アドボカシーとは、「当事者の声を聴き権利を守る」という意味である。

一般に「当事者の立場からの政策提言」はシステムアドボカシー、「一人一人の当事者の声を聴き権利を守る活動」はケースアドボカシーと呼ばれ、車の両輪とされてきた。前者は子どもや障害者、女性、性的少数者などの立場から法律や制度の在り方を提言することを意味している。一方後者は、いじめ、虐待、差別などの権利侵害にさらされている当事者の権利を擁護する活動を意味している。

この連載では後者に重点を置いて、子どもアドボカシーについて考えたい。子どもアドボカシーの先進地である欧米では、「子どもの声を運ぶこと」(イタリア)、「子どものマイクになること」(イギリス)、「子どもの声を持ち上げること」(カナダ)などと説明している。

子どもの声は小さく、おとなや社会に届かないことが多い。「小さい」とは、「力が弱い」ということを意味する。社会ではどうしても「声の大きい人」、つまり力(権力)のある人の意向で物事が決まっていく。

そうした中で、子どもの声は抑え込まれたり、無視されたりしがちなのである。さらに子どもが声を上げたことで、おとなから報復を受けることさえある。このような状況に置かれている子どもの声を大きくして、おとなや社会に届けていく活動が「子どもアドボカシー」なのである。

子どもアドボカシーは、福祉の領域を中心に発展してきた。障害などのために声を上げることが困難な子どもや、親や親族による支援を受けることができない子どもが多いからである。しかし、アドボカシーはどんな領域でも必要なものである。

例えば少年院などの司法、病院などの医療に関わる場は閉鎖的になりがちで、悩みを抱えていても誰にも相談できない子どもたちもいる。学校にはいじめや差別、ハラスメント、「ブラック校則」などで苦しんでいる子どもがいる。障害、非行、不登校の子どもたちも、偏見や差別を受けることがある。

あらゆる場で、意見や気持ちをくみ取り、子どものマイクになって周囲に働きかけてくれる人がいてくれたら、子どもたちはどれほど救われるだろうか。

【プロフィール】

堀正嗣(ほり・まさつぐ) 熊本学園大学教授。1990年代から子どもアドボカシー研究に取り組む。英国の制度に倣い、独立した第三者による子どもアドボカシーサービスの導入を提唱。著書に『子どもアドボカシー実践講座 福祉・教育・司法の場で子どもの声を支援するために』(解放出版社)など。

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