【スクールソーシャルワーク(1)】なぜこんなことに? 学校組織を再考

大阪府立大学教授 山野 則子
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2019年1月、千葉県野田市において、いじめアンケートに記載した内容を見た父親が、当該児童を死に至らしめるという悲惨な事件が発生したことは広く知られている。決して忘れてはならない事件であるが、もしかしたら、「特異な事例」と考えてはいないだろうか。「自身の学校」「自身のクラス」と自分に引き寄せて捉えることができているだろうか。

本連載では、最初に学校の課題を考え、改善策を考案する中で、スクールソーシャルワーク(SSW)について検討していく。

小4のいじめ調査で上がってきたのが児童虐待だった野田市の事案と、中学1年生の不登校事例だと認識していた生徒が非行に巻き込まれていて死に至った川崎市の事件。いずれも表面的に分類される言葉に依拠し、本質が見えづらくなり、対応がずれ、取り返しのつかないことになっている。先が見えづらいポストコロナ休校の今、特に考えてみよう。

野田市児童虐待死亡事例検証報告書

例えば、野田市の検証報告では、転校手続きや保護者対応を行う学校教育課といじめ等に対応する指導課が、同じ教育委員会内であっても情報共有をしていなかったことなどが明らかにされている。また、「転校」や「いじめ」などの言葉で形式的に仕分けし、総合的に捉える部署がないことが指摘されている。川崎市の事件も、学校における「不登校」という捉えが、家族の「経済的課題」や「非行」などの本質を捉えることなく進んでしまった。

なぜこうなってしまうのか。誤解を恐れずに言うなら、一つは、学校が個業型組織から成り立ち、その文化を形成していることが大きい。日常的に係員が上司に報告して決裁を取り、順々に事を進める役所や会社の組織とは異なる。また、「隣の係と情報共有や連携をして進める」という経験も、そもそも「違う仕事をしている隣の係」が存在しないため、積み重ならない。決定や対応が〇か×かの二者択一となりがちで、別の選択肢を想定しない。

それが個々教師を追い詰め、脅しに屈したり、場当たり的になったりすることにつながる。つまり、相手(子どもや親、連携相手)に対しても権威的か服従的かという二者択一になりがちで、協働が生まれにくい(教育委員会も基本は同傾向)。

学校組織の長い歴史と組織構造から見ても、個人の意識だけで変化するのは困難であり、他者と議論しながら進めていくような力は身に付きにくい。日常的に上司や隣の係(他者)と相談しながら、事を進めなければならないような仕組みを作れないだろうか。それができれば、個人の対応の幅や他者に相談する力も形成され、次の世代へと継承されよう。

【プロフィール】

山野則子(やまの・のりこ) 大阪府立大学人間社会システム科学研究科/地域保健学域教育福祉学類教授。第9期中教審委員や内閣府の「子どもの貧困対策に関する有識者会議」の構成員を務める。主な著書に『子どもの貧困調査』(明石書店)、『学校プラットフォーム』(有斐閣)など多数。

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