【ポストコロナと教育格差(4)】 3密と「しんどい子供」

広島経済大学准教授 前馬 優策
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前回まで、子供の生育環境による教育格差について述べてきた。今回は少し視点を変え、子供たちを支えてきた学校が変化を迫られていることに触れてみたい。

密閉、密集、密接。いわゆる「3密」を聞いたとき、「それって学校そのものじゃないか」と感じた。多くの教育関係者も「3密を避けようといってもどうやって?」と途方に暮れただろう。

学校再開後、「授業がやりにくくなった」と聞くことがある。教師もマスク着用で話しづらく、授業中の子供の動きも制限される。そんな「やりにくさ」の陰で、「しんどい子供」の学びも「やりにくい」ことになってはいないだろうか。

「しんどい」という言葉は、関西を中心に教育現場でよく耳にする言葉である。家庭生活に困難を抱えていたり、学習面で課題が山積していたりするような子供を「しんどい」と形容する。子供たちはさまざまなしんどさを抱えて学校に通っているのだが、学力面でしんどい子供は、授業でも「分からない」や「面白くない」といった気持ちになることが多い。そんな子供たちを学習につなぎ留めてきたのは何だったのか。

その一つが、クラスメートだった。「分からないことを分からないと言えるクラス」という学級目標を時々見かけるが、授業中に「分からない」と声を大にして言うことは、非常に勇気のいることでもある。

そんな時、隣の席のクラスメートにそっと聞いたり、こっそり手元をまねてみたりして、学びに参加しようとする子もいる。子供同士のポジティブな声掛けも、学習に向かうための雰囲気を醸成したりする。これは「密集」や「密接」が成せる業でもある。

一方、頼みの綱である教師も、子供を「読む」ことが難しくなっている。マスク越しに表情を読み取ることはもちろん、双方向的に授業を進める上で不可欠な子供のつぶやきを拾うことも、ハードルが上がっている。

もちろん、感染防止が最優先であり、3密を避けると直ちに上記の問題が起こるとは限らない。この動きを、自律した学習者を育成する契機だと捉える向きもあるだろう。

しかし、関係性が希薄になる中で学習の遅れを取り戻そうとすること(=3密を避けて密なカリキュラムを扱うこと)によって、学力格差が広がってしまう可能性は高い。学力格差縮小に成功している学校の特徴に「子供をエンパワーする集団づくり」があるが、3密を避けつつそのような集団づくりを模索しなければならない。

「あの子、しんどいな」と教師が言う時、そこには共感のニュアンスが多分に含まれている。慌ただしい日常の中で、「しんどい子供」が見えにくくなってはいないか。教育格差の観点から懸念するのは、そのようなことである。

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