【教室には愛がいっぱい(3)】私が教師にならなかった理由

いもいも講師 薄田 京子
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私は家庭科の教師になるため、大学へ進みました。子供の頃から妹や親戚の小さな子の面倒を見るのが大好きで、赤ちゃんが生まれると、その子のそばから離れないような子供でした。また、料理を作って食べることや裁縫が大好きでした。

そのため、高校は調理師免許を取得できる学校に進み、週に2回は調理実習をするなど、楽しい3年間を過ごしました。将来はこの学校に戻り、家庭科の教師になろうと決め、大学へ進学しました。

大学4年の夏、私は1カ月の教育実習に参加しました。純粋で真っすぐな子供たちと過ごす日々はとても刺激的で、先生方にも恵まれ、貴重な体験をさせてもらいました。私の授業を一生懸命聞いてくれる子供たちを、とても愛らしく感じたことを今でもよく覚えています。実習を終えて子供たちと別れるのは、とてもつらいものがありました。

しかしこの時、自分は教師にはならない方がいいと直感的に感じていました。当時、どうしてそう感じるのか自分でも分からず、教員採用試験を受けないことを親や大学の先生にうまく説明することができませんでした。かわいいと思っていた子供たちが、本当はかわいくなかったのだろうか…などと悩みました。

その後は飲食店に就職し、やりがいをもって働いていましたが、モヤモヤはずっと残っていました。このモヤモヤの正体が、明確に自分の言葉で言い表せるようになったのは、いもいもという場所に出合ってからです。

私には、どんな子もかわいらしく見えます。勉強ができる・できない、足が速い・遅い、障がいがある・ない、コミュニケーションが得意・苦手などが、学校では優劣の評価対象となります。しかし、私にとってそれらは何の問題でもなく、むしろその子の個性としていとおしく思え、抱き締めてあげたくなるのです。

学校では、純粋にかわいいと思って抱き締めてあげることができない。教育実習で先生という立場で子供たちの前に立った時、そのことが分かってしまったのです。教師を仕事にしてしまったら、私は自分自身にうそをつきながら子供に接してしまうことになる。このことを本能的に察知し、拒否反応が出たのだと思います。

このことを言葉に表すことができ、自分自身を納得させることができた時、私はうれしくて涙が出ました。

いもいもと出会い、そこで子供たちを愛することができるのは、私にとって最高の時間です。全ての子供たちが、自分のことを大切に思える場所になるよう、教室をつくり上げていきます。

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