【社会をつくり出す武器としての言語活動(5)】「言わなければならない事」を解説する言語実践

自由学園男子部教諭 高野 慎太郎
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2017年5月22日、英国で行われていた世界的な歌手であるアリアナ・グランデのコンサート終了直後に爆発が起きた。負傷者は120人以上、23人の犠牲者が出るほどの大惨事であった。

事件が起きてすぐ、音楽好きの生徒から「大変なことになった」と連絡が来た。その生徒は前年の授業で「イスラム国」を扱っていたこともあり、「この事件もテロではないか」と推測していた。そこには「音楽に対するテロは許せない」という思いが綴られていた。

私からは「確かに許せない。しかし、憎悪を連鎖させてはならない。今は、テロの背景やこの後の世界の動きを冷静に観察するべきだ」と返信した。

その翌日、イスラム国が犯行声明を出し、爆発がテロであったことが明らかとなった。日本の音楽家はツイッターなどで、「絶対に許せない」という趣旨の意思表明を行っていた。

こうした状況を踏まえ、授業でこの事件を扱うこととした。事件の概要や音楽家の反応などを紹介した上で、「世界に怒りが広がる中、どのような言語実践が求められるだろうか」と問い掛けた。

資料として、戦前に活躍したジャーナリストの桐生悠々が書いた「言いたい事と言わねばならない事と」という文章を配布し、グループごとに討議を行った。

桐生は、非常時においては「公共圏」を守るために「言わなければならない事」を言うことが重要になるとする。

私なりにかみ砕いて解説したものの、「桐生の論旨は頭では分かるけれど、『テロを憎まない』とは今は言えない」というのが議論を経た生徒たちの感想であった。

授業から数日後の真夜中、ある生徒から連絡が来た。本文には「やっと授業の意味が分かった」と書いてあり、動画のリンクが貼られていた。

それは、テロの追悼集会を報じる現地のニュース映像だった。映像では、追悼集会が終了した直後に、人々が歌を口ずさみ始め、大合唱となる様子が映し出されていた。

人々が歌ったのはOasisというバンドの「Don’t Look Back In Anger」という曲であった。歌詞には「過去を怒りに変えては駄目だ。せめて、今はそうしてはならない」とある。

意図を理解した私はすぐにその生徒に電話をかけ、次の授業でこの動画についての解説を頼んだ。

「ロンドンの人々にとって、この曲は歌われなければならなかった。人々はこの曲を合唱することによって『言わなければならない事』を言ったのだ」

私にはできない見事な解説であった。


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