【社会をつくり出す武器としての言語活動(6)】雑談による言語活動の文脈の創発

自由学園男子部教諭 高野 慎太郎
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「言語活動の文脈を創発する場」として授業を捉える場合には、教科書も重要であるが、生徒や教師の言語生活の文脈も重要となる。新たな言語活動の創発には、生徒や教師の興味・関心が不可欠だからである。今回着目したいのは、授業中の何気ない会話、すなわち「雑談」によって創発される言語活動の文脈である。

2020年の夏、ある生徒と国語の補習を行っていた。その生徒は補習を終えると「としまえん」にアルバイトに向かうという。国語は不得意だが、連日の補習には熱心に参加し、アルバイトの内容や感想も逐一私に教えてくれた。

夏休みが終わり、2学期最初の国語の授業をしに教室に出向くと、黒板には8月30日付の朝刊に掲載された「としまえん」の広告が掲示してあった。誰が、どのような意図で掲示したかは明らかで、他の生徒もそれを理解していた。

私は得も言われぬ感慨を覚え、この広告の話題から授業を始めることにした。「これは雑談になるが」と断った上で、「この広告には何が書いてあるか?」と問い掛けてみた。すると、広告に掲載されている「あしたのジョー」の1コマと、Thanksの文字を読み取ったとの応答がある。

「『あしたのジョー』のこの場面を知っている人は?」と尋ねると、数人の生徒が手を挙げて、場面を解説する。「メンドーサとの戦いに判定負けで敗れたジョーが『真っ白に燃え尽きた』ラストシーンだ」という生徒の説明を聞いて「ジョーの表情があまりにも安らかであるため、ジョーは亡くなったのではないかとの論争が続いている」と私が補足する。

ここで私は黒板に「仮託」と書き、「AをBに託して表現すること」と意味を説明する。「この広告におけるBはジョーだ。では、Aは何だろうか?」と尋ねると「燃え尽きたとしまえん」と生徒が応答する。

「仮に、『燃え尽きたとしまえん』を別のものに託して表すとしたら、どのような選択肢があるだろうか?」と問い掛けると、「『アベンジャーズのヒーローがボロボロにやられたシーン』」や「『バットマン』が危機に陥ったシーン」などの意見が出る。

続けざまに「では、仮託を使わないで『燃え尽きたとしまえん』を表す場合は、紙面広告には何を載せればよいだろうか?」と問い掛ける。生徒は少し考えた後、「老朽化した設備」や「赤字の決算報告書」と答えた。最後に、俳句やJ―Popの例を挙げて「仮託」の表現効果を再度確認してから、授業に入った。

通常、準備なしに授業を行うことはない。ただ、「雑談」ならばと、例外を自分に許している。目の前で、新たな言語活動の文脈を共に創発するということに、重要な教育効果があると考えているからである。


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