【パブリック・リレーションズ(4)】第三の柱「自己修正」

日本パブリックリレーションズ研究所、パブリック・リレーションズ for School 導入アドバイザー 木野雄介
この連載の一覧

今回は、パブリック・リレーションズの三つの柱の最後である「自己修正」について、私なりの考え方をお伝えしようと思います。

前回までに①「倫理観」=誰も不幸せな人をつくらない、②「双方向性コミュニケーション」=対等に対話を重ねること、について説明してきました。三つ目の「自己修正」は、これら前述の二つによって生み出される「アップデート」を指します。

今回は、私の専門分野である日本史を例に挙げて説明します。

明治維新期に活躍した人物の多くは、もともと地方の藩に所属していた武士たちです。彼らは若い頃、「藩校」と呼ばれる、いわゆる地方公務員養成学校に通っていました。

当時は地方分権社会だったので、藩は独自の教育プログラムで若者を育成していました。ここに通う若者たちは、将来、父の跡を継ぐことを宿命とされている者たちです。同じ運命を背負った学友同士、藩の未来について深く深く語り合ったに違いありません。

つまり、藩の未来について考える=「倫理観」、運命を共にする学友同士の語り合い=「双方向性コミュニケーション」、これら二つを藩校ではバッチリ育成していたのです。

では、「自己修正」はどうでしょうか。

私たちは歴史を知っていますから、開国に反対した攘夷派を「愚かだなぁ」と一笑してしまいがちですが、この事態を現代風に例えると、「外国人の入国をパスポートもビザもなしで認めて、居住・就学・就労も全て自由にしようよ」というくらいの一大変化だったのです。ですから、開国に反対するのは無理のないことで、「自己修正」というのはそう簡単にできるものではありません。

江戸時代後期、福沢諭吉は西洋医学を専門とする「適塾」の生徒でした。そこで苦労に苦労を重ね、オランダ語をマスターしました。

しかし、卒業後、世界のスタンダードが英語に移り変わっていたことを知り、彼はがくぜんとします。他の塾友が「もう別の言語は無理だ」と習得を諦める中、福沢だけは英語を学び始めました。彼の最上位目標が、「外国語の習得」ではなく、「経世済民」にあったからです。

福沢諭吉のように、GPSとなる最上位目標を持っていると、自分の道がズレたときに気付くことができ、「自己修正」をすることが可能になります。

現在、コロナ禍において、社会のさまざまなシーンで「自己修正」が迫れられているように感じます。教育もその一つではないでしょうか。過去や手段にとらわれず、良い方向へ「自己修正」をしていく勇気を、先生方には持ってもらいたいと願っています。皆さんのGPSは動いていますか?


この連載の一覧