【コロナの先の学習評価の行方(2)】そもそも「評価」とは何か

京都大学准教授 石井 英真
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 ・今「評価」を問う コロナの先の学習評価の行方
「評価」という言葉を聞いて何をイメージするでしょうか。些細な仕草からその日の子供の心理状況を感じ取ったり、授業中の子供のつぶやきをキャッチしたり、教師は授業を進めながらいろいろなことが自ずと「見える」し、見ようともしています(見取り)。しかし、授業中に熱心に聞いているように見えても、後でテストしてみると理解できていないこともあります。子供の内面で生じていることは、授業を進めているだけでは見えず、そもそも授業を進めながら全ての子供の学習を把握することは不可能です。

さらに、公教育としての学校には、意識的に「見る」べきもの(保障すべき目標)があります。このように、教える側の責務を果たすために、全ての子供たちについて取り立てて学力・学習の実際を把握したいとき、その方法を工夫するところに「評価」を意識することの意味があります。

そして、認定・選抜・対外的証明のために「評価」情報の一部が用いられるのが「評定」です(図)。……

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