【学テの再検証とCBT化の行方(7)】なぜ行政は実態把握をしてこなかったのか

福岡教育大学准教授 川口俊明
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前回私は、全国学力テストは実態把握を優先した方がよいと述べました。ただ、ここで困ったことがあります。それは日本の教育行政には、実態把握を行う積極的な動機がないという点です。

日本の行政には、「無謬(むびゅう)主義」という特徴があると言われます。これは行政が実施する政策は常に正しいという発想で、官僚(あるいは公務員)の世界が減点主義であることと関係していると思われます。

過去に実施した政策が間違っていたことを認めると、自ら(あるいは所属する組織)の評価が決定的なダメージを受ける可能性があります。これを避けるため、教育行政の行う調査は、自らの過去の政策の失敗を明らかにしてしまうかもしれない実態把握よりも、折々の政策に都合の良い結果を作り出すことに力点が置かれがちになるのです。

加えて日本の教育行政では、職員が2年から3年で別の部署に異動するのが一般的です。組織全体のことを学ぶことができるので、こうした人事が即座に問題というわけではありません。ただ、本連載で取り上げてきたように、全国学力テストのような大規模学力調査の設計には高度な専門的知識が必要です。これは数年で身に付くようなものではないので、2年から3年で異動する日本的な組織運営の中では、なかなか全国的な学力調査を運用できる人材が育たないことになります。

このように、行政の評価のされ方や働き方の問題が関わっているため、全国学力テストを変えるのは簡単ではありません。そうは言っても、私たちにできることはあります。何より気を付けないといけないのは、「過去の政策が誤っていた」というだけで、行政を非難すべきではないという点です。非難すべきは、「誤っていると分かっている政策を実行し続けること」であり、「政策の成否を判断できるデータを取得していないこと」です。

もっとも、これこそ「言うは易し」でしょう。しばしば私たちは、インパクトのある教育政策に引かれ、その根拠となるデータや研究の確認をおろそかにしがちです。教育行政が実態把握を軽視しがちなのは、組織の問題はもちろんですが、それを取り巻く政治家や市民、そして教員自身が、実態把握を軽く見ているからに他なりません。全国学力テストを変えるには、私たち一人一人が「実態把握が重要である」ということを肝に銘じる必要があるのです。


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