【パブリック・リレーションズ(10)】「Doing」と「Being」

日本パブリックリレーションズ研究所、パブリック・リレーションズ for School 導入アドバイザー 木野雄介
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「皆さんはなぜ、先生になろうと思ったのですか?」

これは先日、教育関係者などが集まる会員制のオンライン酒場で、ある方から投げ掛けられた質問です。数年前までの私なら「Doing」で答えていた気がします。今では「Being」ではっきり言えるようになりました。皆さんはこの「Doing」と「Being」を分けて考えられていますか?

「Doing」は「したいこと」です。先生の場合「教えたい」がくると思います。私の場合、幼少期からの日本史好きが高じて、大学では専門的に歴史学を学んだので、先生になる理由に「好きな日本史を教えて、お金がもらえるから」がありました。

では、「Being」とは何でしょうか。

これは、私の敬愛する澤円氏がキャリア観について表した言葉です。彼は「ありたい自分」と定義付けました。そして、「『こうありたい』と思う自分にたどり着くことが大切」で、「ステータス(肩書き)はどうでもいい。ありたい自分の姿にたどり着かなければ、ハッピーにはなれないと思う」と発言されていました。つまり「Being」は「自分がハッピーでいられる姿」と言い換えてもよいでしょう。

あなたの人生は、ありたい姿に近づいていますか?そもそも、あなたのありたい姿とはどのようなものですか?

この「ありたい姿」とは、パブリック・リレーションズの第三の柱である「自己修正のためのGPS」(本連載第4回参照)に当たる部分です。

複雑化した現代社会では、GPSなしだと迷子になってしまいます。進路指導やキャリア教育のスタートは、まず「自分のGPSを見つけること」です。GPSを手に入れたら、あとは「大丈夫だ!行け!」と勇気づけてあげればいいのです。

昨今の学校は、いろいろと教え過ぎる「カーナビ先生」が多いです。自分の人生を自走できる人間を世に輩出することが、進路指導やキャリア教育の目指すゴールです。「カーナビ先生」が近くにいると、生徒は道を覚えません。先生側には「教えない勇気」が必要でしょう。

私の「Being」は、「社会がより良くなっていくことに貢献する人たちを増やしていく」です。これが私の「ありたい自分」であり、自分がハッピーになれる状態だと気付いた私は、専任教諭を辞めることにしました。専任では「Being」以外のことに時間や労力を使い過ぎてしまうからです。

そして私は、自分のBeingに向かっていく最適な手段として「ハイブリッドティーチャー(複業教師)」の道を選びました。学校と一般社会を自由に行き来すれば、社会がより良くなっていくことに貢献する人たちを指数関数的に増やしていけるからです。この連載を読んでくださった皆さんが、自分の「Being」を見つけて行動してくれたら、私はさらにハッピーです。


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