【学びの危機(3)】「新しい生活様式」下の「形骸化」

津田塾大学准教授 柴田 邦臣
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レジ前のアクリル板や透明シートにも慣れてきた。もはやないとドキッとする。時折、シートが大きすぎて店員がお釣りを置くときに手でこすっていることがある。実はシートの表面に触ってしまっては、予防効果は期待できない。

特別支援学校における分散登校中の対策(津田塾大学Learning Crisis研究会の全国調査より)

このように最近は「仕切りを置けばいい」「マスクやアルコール消毒をすればいい」といった「形」にこだわり、「中身」を伴わない現実が、第二次緊急事態宣言下の風景となりつつある。実は同じことは、学校教育にも当てはまる。「形」だけ対策したという「形骸化」が学びの危機、Learning Crisisの、もう一つの特徴と言えるのだ。

第一次緊急事態宣言が2020年5月から段階的に解除され、恐る恐る登校を開始した特別支援学校に求められたのは、「新しい生活様式」の中での授業運営であった。その戸惑いの大きさは、津田塾大学Learning Crisis研究会が実施した全国調査※からも分かる。「身体接触が不可欠」(肢体不自由)、「ソーシャルディスタンスと場所の確保、教材や教具の準備が倍増した」(視覚障害)など、負担ばかりが増す「感染予防」と「学びの保障」の両立に苦慮する姿が報告されている。

もちろん、アルコール臭とアクリル板に囲まれた「異形の学校」に、より違和感を抱いていたのは当の児童生徒たちだった。クラスや学年がそろわない分散登校、前を向いての無言の給食、縮小・延期・中止される行事などに、子どもたちはじっと耐えてきた。いや「子どもたちは変化を受け入れ、表面的には統率が取れているが、裏で我慢していないか心配」という調査回答を見ると、乗り切ったとは言えないかもしれない。

対策の「形骸化」は、長期化した困難な状況の末に生まれる。先が見えない中で、形だけでも整えようとするのは仕方がないのかもしれない。しかし、教育の「形骸化」は、「仕方がない」で終わらせられないはずだ。登校再開の中で、私たちは「学校の形」だけを取り戻そうとしては来なかっただろうか。授業時間を確保し、単元を進め、学習指導要領を守る努力をすることは、それが学びの「内容」のために必要だったからだ。緊急事態への慣れが教育の形骸化につながることだけは、避けなければならない。その意識と奮闘は、緊急事態が再び解除される際に試されるだろう。こういうときほど、障害のある子どもたちは、じっと見ている。

※「学びの危機」プロジェクト(まなキキ)調査報告:https://learningcrisis.net/?p=14490


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