【大学入試改革を問う(1)】「高大接続改革」とは何か

東京大学教授 中村高康
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「高大接続」という言葉が、マジックワードのように教育界をにぎわせるようになってすでに久しい。しかし、この言葉の定義を調べようとネットで検索しても、すっきりと分かりやすく説明されているサイトにはなかなかたどり着かない。「高大接続」という言葉にはいろいろな意味が込められており、簡潔に定義することが難しいからだろう。

ところが、少し言葉を加えると、途端に多くのサイトがヒットするようになる。付け加えた言葉とは、「改革」である。すなわちこれは、「高大接続」は説明が難しいが、「高大接続改革」であれば答えが明快だということを表している。というのも、文科省のサイトにその定義が書いてあるからである。それによると、グローバリゼーションやAIを基礎とする変化の激しい時代に対応するために、従来は徹底されていなかった学力の3要素を育成・評価すべく、大学入試でも多面的・総合的評価をするための改革だ、とのことである。

ところが、実は文科省の思い描くこうした「高大接続改革」は、従来から研究の世界で言われていた「高大接続」の議論とは距離がある。なぜなら、現代の高大接続論では、学力の3要素で高校と大学の教育を貫徹させるような思想は、一切登場していなかったからである。むしろ、大学入学者の増大に伴う高等教育のユニバーサル段階の課題として、従来は入学して来なかった学力層を受け入れて教育をしなければ立ち行かない、現代的な大学の課題として「入試選抜から教育接続へ」と指摘されていたのである。つまり、入試で無理やり高校と大学をつなぐことへの疑問こそ、その基調にあったのである(荒井克弘・橋本昭彦編『高校と大学の接続―入試選抜から教育接続へ』玉川大学出版部、2005年)。

このあたりを押さえると、文科省が高大接続を特定の意味に意図的に絞り込んでいることが、はっきりと見えてくる。「学力の3要素に対応づけて入試制度をいじりたい…」そんな意図が透けて見えるわけだが、そもそも、準義務教育化した高校の普通教育的な側面と、大学教育が目的とする専門教育の間には本質的にズレがあり、学力の3要素のようなものですぐにつながるほど単純ではない。さまざまな改革プランが頓挫した今、そのような「改革」が本当に必要なのかどうか、私たちは改めて真剣に考える必要がある。この連載では、多様なトピックごとに「高大接続改革」への疑問と今後について考えてみたい。

【プロフィール】

中村高康(なかむら・たかやす)東京大学大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。学歴や選抜などによる能力主義(メリトクラシー)の構造を分析する。著書に『暴走する能力主義―教育と現代社会の病理』(ちくま新書)、『大学入試がわかる本――改革を議論するための基礎知識』(編集、岩波書店)


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