【学びの危機(5)】急速なオンライン化とEdTechの困難

津田塾大学准教授 柴田 邦臣
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アメリカ留学中、「Most Likely to Succeed」という映画と出合った。上映後はショックでしばらく席を立てなかった。映画の舞台である公立校High Tech Highは、EdTechやSTEAMのメッカとして知られる。

緊急事態宣言下で在宅オンライン学習をする中学生

他国の後塵を拝してきたIT教育関係者にとってこの一年は、突如アクセル全開となったGIGAスクール構想、学びを止めない未来の教室、デジタル教科書の導入など、「急速なオンライン化」の恩恵に浴した年だったかもしれない。

COVID―19は、日本に「真のEdTech」をもたらす契機となり得た。4月7日の長期休校延長の翌日に、全ての授業をネット配信に切り替えた学校があった。私立進学校の授業の中には、自作・他作の動画だけでなく、印刷教材とGoogle Classroomでのレスポンスが巧妙かつ洗練されて組み合わされ、非の打ち所がないものもあった。

一方、インクルーシブ教育にとっても、EdTechは「夢の未来」であった。障害のある児童生徒にとって、自分に使いやすい場所・かたちで授業を受けられる教育のUD(ユニバーサルデザイン)化は、やはりEdTechしか実現し得ない。

しかし、「急速なオンライン化」は、未来化へと突き進む一部進学校と、プリントを封筒詰めして郵送する支援学校との、埋めがたい格差をもたらした。この現場にパソコンをばら撒かれても、広がるのは格差ばかりだ。「急速かつ強制的なオンライン化」が生むのは、包摂ではなく「分断」である。

「Most Likely to Succeed」をきちんと試聴し読解すると、そこで描かれているのはあくまで「学びの多様性」であって、「EdTechの未来」ではないことが分かる。少なくとも「学習・教育」という領域において、オンライン化は社会状況の変化などによって「強制的に」行われるべきではない。

なぜなら、「学び」には「オンライン化しやすいこと」「載りにくいが大事なこと」「安易に載せるべきではないこと」の3種類があるからだ。そして、丁寧さと緊密さを重ねてきた特別支援学校は、「載りにくい」「載せられない」学びを捨てるわけにはいかないのもまた、事実なのである。

Learning Crisisは、むしろ「急速かつ強制的なオンライン化」によって深まり得る。それは、もはや「分断」と呼ぶべき格差拡大として現れる。教室をEdTech化する方法の前に、私たちに必要なのは、「何をデジタルにし、何をしないのか」の中身を考え、判断する余裕の方なのである。


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