【大学入試改革を問う(3)】記述式問題の導入根拠

東京大学教授 中村高康
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大学入学共通テストにおいて、前回取り上げた英語民間試験導入の頓挫と同様に世間をにぎわせたもう一つの改革プランが、国語と数学への記述式問題の導入であった。この計画を聞いた当初から、私個人としては、なぜこれをそこまでやりたがるのかよく理解できなかった。なぜなら、私がこれまで勤務してきた大学では、いずれも何らかの記述を課す入試がしっかりと行われていたからである。

本当に実施しそうになってきて心配になった頃、何人かの大学教員の友人知人にも聞いてみたが、いずれの大学でも「すでにやっているので意味がないのでは」といった反応だった。とはいえ、「大学の中には記述式問題を課さない大学も結構あるのかもしれない」などと、自分なりに好意的に解釈していた。

そんな中で、文科省がさまざまな会議資料に使っていた一つの表が、記述式問題導入の論拠として使われるようになっていた。「国立大学の二次試験における国語、小論文、総合問題に関する募集人員の概算」と書かれたその表には、それらを課していない募集人員の割合が61・6%と表示されている。この表は「国立大学では記述式問題を解かずに6割も入学できる」といった形で読まれたりしていたようだが、実はよく読むと記述式問題を課したかどうかは全く分からない。そのような誤読を誘導しようとしたようにさえ見える表だった。

その後、東北大学のグループによる調査で「国立大学は記述式を十分に課していない」という主張は明確に否定されたのだが、文科省自身の調査によっても、それはまったくあり得ないことがあらためて裏付けられた。実のところ、一般選抜に関して、国公立大学はほとんどの入学者が、私立大学でも7割を超える入学者が、何らかの形で記述式問題を解いているという概算が示されたのだった。

このことから明らかなのは、「共通テストにおける記述式問題導入」という政策が、何の根拠もなくイメージだけで進んでいたという事実である。そもそも記述式問題の導入については、自己採点も含めて期限内に適切に採点できないという問題や、民間業者に採点を丸投げするのは適切でないなどの指摘も含め、実務的にも問題山積であった。もしあのまま突っ込んでいたらと思うとぞっとする。

ただ、この問題は政府だけを責めても解決しない。漫然と受け入れてしまった私たち自身の問題もないとは言えないからである。この教訓は、今後の教育政策において必ず生かさなければならない。データを集める、専門家や現場の声に真摯(しんし)に耳を傾ける。当たり前の手続きが、政策の基本として確立されなければならない。


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