【大学入試改革を問う(4)】入試で「主体性を測る」とはどういうことか

東京大学教授 中村高康
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今回の入試改革は3つの柱があると言われてきた。1つ目は本連載の第2回で触れた大学入学共通テストへの英語民間試験の導入、2つ目が第3回で取り上げた記述式問題の導入、そして3つ目が主体性評価システムの導入であった。今回は、3つ目の主体性評価について考えたい。

主体性評価と聞くと、積極性や意欲などを測るイメージがあるが、これは成績表、あるいは学校のフォーマルな記録という意味では児童生徒の指導要録において、観点別評価として小中学校の学習評価にすでに組み込まれてきたものと重なる。今から30年近く前に「新学力観」と呼ばれ、「関心・意欲・態度」をどうやって評価するのかを巡って論議となっていたことが懐かしく思い出されるが、その延長に今日の主体性評価がある。

2022年度から、高校でも指導要録に本格的な観点別評価が導入される。小中高いずれにも明確な主体性評価が組み込まれ、そして大学入試も…という流れである。

このように見てみると、「いよいよ完成間近。あと一息!」というような風情で、応援したくなる方もいるかもしれないが、私自身はそのような気分に全くならない。それは、主体性評価を入学者選抜に結び付けることについて、大きな危惧を抱いているからである。

主体性評価そのものは、あえて知識・技能や思考力・判断力・表現力と切り離して、単独でクローズアップすべきものなのか。個人的にはよく分からないが、学習指導や生徒自身の到達度確認に使える場面はきっとあるだろう。だから、それだけであればさほど心配することではない。問題は、入試のような競争的な環境下で用いる評価に動員されたときの「主体性」の意味である。

入試で「主体性」を評価するようになれば、入試を突破したい受験生は何としてでも「主体性」ある受験生であろうとするだろう。大学が入試で主体性を示す資料として、部活動やボランティア、留学体験などを考慮すると言えば、それらはその瞬間に「受験科目」のようになる可能性がある。

つまり、主体性評価をあらゆる入試に組み込もうとすると、高校生活全体が受験にひも付いたものになってしまう可能性があるのだ。だから、主体性評価を入試に組み込むのであれば、現在の学校推薦型選抜や総合型選抜のように限定的な形で慎重に進めるのが、リスク回避の次善策と思われるのである。


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