【AI時代の探究のヒント(4)】ポストコロナの探究

一般社団法人みつかる+わかる代表理事 市川 力
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「探究する学び」「プロジェクトによる学び」「課題を解決する学び」など、いろいろな呼び方がされるが、共通して求められるのは、学ぶ側にとっても教える側にとっても、常に現在の状況を捉え直し、試行錯誤をしながら、見えない成り行きを追い掛ける学びをしていくことだろう。あらかじめ決められた明確なゴールはない。ゴールから逆算して指導計画を立てることができない学びだからこそ「探究」と呼ぶのだ。

「変」は新しい考えを生み出す

もちろん、たどり着く答えがあり、その答えにたどり着くための多様な道筋を「探究」と言うこともできる。教科の学びを探究的に行う場合は、そうなることが多いだろう。しかし、ポストコロナの社会が私たちに突き付けているのは、これまでの「安定」を求める生き方から、「不安定」な状況下でも前向きに生き、しなやかにたくましく考え続けるマインドセットの獲得だ。これまでのやり方が通用せず、あらかじめ予想できない面倒な状況を受け止めながら生きる。前例や既存の知識を習得して終わりではなく、臨機応変に変わり続ける姿勢を育てていくことが教育の主眼となる。

こうした学びを進める上で大切なのは、教師も生徒も「変」が当たり前だと受け止めることだ。「変」には2つの意味がある。1つは「変」わるという意味での「変」。しかし、人はこれまでと違うやり方へと変えることを恐れがちだ。変わらないといけないと分かっていても、これまでのやり方を惰性で続けようとする。

もう1つは「みんなと違い、ユニークである」という意味での「変」。これもまた「おかしい、変だ」と言われるのが恐いという心理が働く。その結果、クラスの中に「同調圧力」がまん延し、みんなと違って「変だと思われたくない」という意識から、心の中に抱いている思いを口に出さず、周囲の期待に応えるような無難な発想を口にしてしまう。

こうした意識を打ち崩さない限り、学びはスタートしない。では、どのように「変」を面白がる子供が育ってゆくのか。幼児から高校生まで、それぞれの段階での具体的な学びの進め方について、次回から述べていく。


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