【HSCと向き合う(2)】「教室の中のHSC」(上)

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
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今から20年前の5月のGW明け、登校した途端、歩くことも話すこともできなくなった小3の女の子がいた。その子の所属するクラスは前年度に学級崩壊を起こし、「暴れる」数人の男児に翻弄(ほんろう)されて、前の担任は3月末で退職。私が担任となった。

始業式の後、教室に戻らずに外で遊んでいる男子の存在よりも、私は「この先生は私たちを嫌いにならないだろうか」と言わんばかりに、緊張の面持ちで私を見つめる数人の子供たちの方が気になった。まるでクラスの罪の全てを背負っているかのようなその子たちは、毎日ルーティンのように、給食の食器をそろえたり花の水を替えたりする。「なぜ、そんなに頑張るのだろう」と思いながら見守りつつ、私は指導的なことをやめ、クラスをまとめるよりその子たちの安心感を優先することにした。

約1カ月後、「いい子」でいる必要も「暴れる」必要もなくなってきたとき、幼児返り状態になったのは「いい子」中の一人だった。今にして思うと、大人の期待を察知し、それに応えることに神経を使うHSCで、自分が受け止められたと感じたことで、その愛情を無意識に占有したかったのかもしれない。歩けないほどに低下したエネルギー。しかし、私が「学校を休んでもいいよ」と言っても、這ってでも来ようとする。

私は、教室での幼児返りも必要なこととして受け止め、しばらくはおんぶして授業をしたりトイレにも連れて行ってさせたりと、赤ん坊のような彼女の要求を受け止め続けた。クラスの子供たちには、これが今の彼女に必要なことなのだと丁寧に伝えた。すると、「暴れていた」子たちは率先してその子の声を受け取り、私と同じように接したり、時折自分も私に甘えてみたりして、彼女を受け入れていた。

「ありのままを認められる」ことが分かると、子供たちは自由に自己を表現しながらも、お互いを認め合うようになる。実は「暴れていた」子供たちも、繊細で傷ついてきたのだ。「誰も本当の自分の思いを分かってくれない」と絶望し、「暴れる」しかなかった。何の理由もなく「暴れる」子などいない。

その女の子は、みんなに受け入れられたことで幼児返りも無理して学校に来る必要もなくなり、私が家庭訪問することで安心して休めるようになった。話を聞く中で、本当は母親の愛を求めていたこと、獲得しようと頑張り続けるのに疲れて限界だったことに気付いた。その後、本人が家から離れたいということで、不登校の子が通う学校に1年間、在籍する。「自分はこれでいい、と思えるようになった」とその子は言った。


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