【HSCと向き合う(3)】「教室の中のHSC」(下)

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
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クラスにいわゆる「暴れる」子がいると、そこに目を奪われ、おとなしい子に意識が向きにくくなる。多くの教師が困り感を抱くのは、騒いだり立ち上がったり、教室から飛び出してしまったりするような子だろう。

そうした行動を変えようと、あの手この手で対策を講じ、対応に気を取られている間に、教師にとって何の問題もない、いわゆる「いい子」「頑張っている子」が急に学校に来なくなって慌てる。その原因を本人に聞くと、きっかけとなった理由は言えても、本当のところは自分でも分かっていないことが多い。

教師はきっかけさえ取り除けば学校に戻ると考えがちなため、往々にして本人の思いとはかけ離れた対応になってしまう。家庭訪問をし、「〇〇ちゃんが待っているよ」などの言葉を掛け、何かと褒める。一見何の問題もなく思える対応だが、HSCで学校に行けなくなった子供にとっては最悪である。なぜなら、その子は教師の期待に応えらえない自分を責めているのだから。

そもそも「いい子」「暴れる」子という存在はない。押し付けや圧に対する敏感な反応が、その状態となって現れているだけなのである。

「いい子」と「暴れる」子。そのどちらもHSCである可能性が高い。現れ方は違うが、どちらもその感性の高さ故、自分や他人の感情を敏感にキャッチしてしまう。その結果、閉じて過剰適応するか、心に従って抵抗するかといった、生きづらさにつながっている。

「いい子」となって現れていた場合、自分の感情より周りの感情を優先するため、一見適応しているように見える。だが、周りの人の価値観に従ってしまうために、自分を表現しなくなっていく。そうして自分で決めることができなくなり、だんだんと大人の一言一言が「強迫」と感じられ、怖くて動けなくなる。いわゆる強迫神経症である。

「暴れる」子となって現れていた場合、自分の心に従って動いた際に、周りから「違う」と力で押さえつけられてきた過去があるのだろう。こうなると、大人の一言一言が「コントロール」と感じられ、過去に味わった苦しみとつながって、「これ以上コントロールするな」と暴れるしかなくなる。それが強まると、薬でさらにコントロールされてしまう。

強迫と感じるか、コントロールと感じるかは表裏一体で、どちらもHSP(大人になったHSC)の口から語られた言葉である。ここ信州親子塾に来るまで、不登校、引きこもり、精神障害者として長年苦しんできた人たちだ。


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