【HSCと向き合う(5)】学校内の居場所(下)

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
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HSCが校内に2割。この数字をどう捉えるか。とても敏感な子がいるという認識があったとしても、「弱い子」「繊細な子」として、腫れ物に触るかのような対応に終始する場面を何度か見てきた。さらに集団になじめないとなると、特別支援学級や個別対応など「分ける対応」になってしまうケースもある。そうした対応は、本人の思いとは違うということを考えたことがあるだろうか。

 HSCの場合、想像力が豊かだったり、イメージが分かるまで不安だったりと、いろんなことを感じ過ぎるあまり、すぐに動けないだけの可能性が高い。それなのに先回りして「やらなくていいよ」「外にいていいよ」と、いかにも共感しているかのような対応も、「全然分かってもらえない」という結果になる。「共感」とは、思いを中立に受け取ることであって、言動を肯定することではない。

また、「この子一人を許してしまったら、集団生活が成り立たない」「そんなわがままに対応している余裕がない」「自分の思いだけではなく、周りに合わせられないと将来困る」「指導力不足と思われたくない」など、HSCの一挙手一投足に対してたくさんの観念(この点は次回詳しく解説)があるため、HSCの特性を理解したところで対応方法が見つからない。「この場合はこうする」といった、方法論やハウツーでは対応できないことを知ってほしい。その上で、自分の持っている観念に気付いてそれを外すことができたら、おのずとどんな声掛けがよいかが分かり、どう対応したらよいのかが分かるようになってくる。これはHSCに限ったことではない。十人十色の子供たちと活動するときに「こうあるべき」という型にはめ込もうとするのをやめると、一人一人が主体性を発揮できるようになり、お互いの自由を相互に承認するような集団になっていく。

まずは、先生が自由になること。それでも、「こうすれば理想の形になる」と信じて疑わない人がいるとしたら、それはHSCの子が大人の期待を察知して、いわゆる「いい子」として過ごしているのかもしれないと認識してほしい。将来、中学生、高校生、20歳前後になって、その代償をその子自身が払わなければならなくなるのだから。


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