【HSCと向き合う(6)】観念を外す①

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
この連載の一覧

人が無意識レベルで信じていることを信州親子塾では「観念」と呼ぶ。HSCは自分の感覚に正直であるからこそ、観念的な「こうすべき」に非HSCより過剰に反応する。そう考えると、HSCを理解するためには、大人が自分の中にある観念に気付くことが必要だ。子供の行動を問題だと感じたら、「それ(自分が思っていること)は本当か」と疑ってみる。すると、そこに観念があることに気付く。

例えば不登校。私自身、最初は「不登校は問題」という観念があった。それが良いか悪いかを考えることも、これまでの教育の流れを疑うこともなく、教員として学校社会に適応してきた。実際に不登校や不適応、過適応する子を目の前にして、感覚的には「この対応は違う」と感じたとしても、自分の感覚を信じるほどの自信もなければ経験もない。「休んでいい」と感じても、教員として心からそう思えない自分がいた。外からの目や評価が少なからずあるため、子供が学校に来ないと不安になるし、来れば「よかった」と思っていた。

その後、私は不登校児童生徒を受け入れる特別支援学校で、学校の常識を疑い、自分の観念と徹底的に向き合うことになる。「勉強をするかしないか」に始まって、良い悪いの判断は一切せずに子供の思いに共感できたとき、真に子供とつながることを体感したのだ。とはいえ、「ここまで許していいのだろうか」との迷いもあった。

そのとき、「それでいい」と肯定し続けてくれた同僚の存在は大きかった。自分の感覚が全肯定され、安心して自分の感覚に従うことで起こる変化を目の当たりにすると、自分の軸ができてくる。それを学校の中で体験できたことは、自分の中に培われた「〇〇すべき」を手放すきっかけとなり、その後の自身の在り方に大きく影響することになった。

しかし、小学校に戻ると「こうあるべき」がマジョリティーで、自分の在り方はマイノリティーであることを痛感することとなった。目の前の子供たちにやれることはたくさんあるが、同調圧力の中で大人の観念に従わざるを得ないことが多く、組織全体の理解を得るのはかなり難しいことだった。

私自身もその気質を持ち合わせるHSP(大人になったHSC)だが、HSCは自分の心の声と周りの観念とのはざまで苦しんでいる。大人の多くは、自分がこれまで身に付けてきた考え方や価値観を正論と確信しているので、HSCが何を感じているのかに思いが至りにくい。そこには、天動説と地動説ほどのズレがある。HSCの感覚は地動説よろしく、黙殺される傾向が現代の世の中では強い。

HSCを理解するのであれば、まず「自分の観念に気付く」こと。この視点で自分を見直してみると、何かが変わるかもしれない。


この連載の一覧