【HSCと向き合う(7)】観念を外す②

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
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学校教育においては、「何を身に付けるか」「何ができるようになるか」といった、目に見えるものを評価しがちである。これまで学校も親も、IQを重視する傾向が高かった。しかし、HSCの行動は「自分がどうありたいか」「自分がどう感じているか」から始まっており、EQ(Emotional Intelligence Quotient)を大事に生きている。「何をするか」の行動レベルと「どうしたいか」の感情レベルのやりとりになるので、当然ズレが生じる。ここを理解するためには「Have」「Do」といった行動レベルでの指摘やアドバイスではなく、HSCの「Be」「Feel」に共感すること、そこに寄り添うことが必要となる(図参照)。

人生で大切にしていること(意識レベル)

例えば、「教室に入れない」という状況において、「入らなくていいよ」という声掛けは、肯定したつもりでも共感したとは言えない。その思いが「本当は入りたい」だったらどうか。「入りたいけど怖い」「すぐには動けない」など、言葉にならない思いは一人一人違うため、行動レベルの正解を探しても気付けない。「待つ」「寄り添う」など、言葉以上の心構えが必要だ。子供の言葉や行動に寄らず、じっと心の声に耳をすまし、そこから自分なりに受け取った声を基に問い掛ける。間違ったとしても、一生懸命に自分の声を聞こうとしてくれる先生の在り方に、子供は信頼を寄せ始めるだろう。

「教室に30人以上の子たちを残して、廊下でそんなことしている暇はない」と言う人もいるかもしれない。でも、本気で向き合ったらほんの数分のことだ。「できるわけがない」と思い込んでしまっていると、特別支援学級や相談室など本人の思いは置き去りにして、教室から分けてしまうことになりかねない。大切なのは方法論ではなく在り方、周囲の大人や先生の在り方次第である。一人一人が「できる」という在り方へ転換できたら、HSCのみならず多くの子が救われる。

そのためにも「観念を外す」必要がある。例えば、「全体をおろそかにしてはいけない」「一人だけ自由を許したら、みんなそっちへ行くのではないか」「それでは社会に出て通用しない」「わがまま」といった、自分に湧き上がる思いを一つ一つ検証し、取り払う。すると、どう対応したらよいかが、その子との間に自然と出てくる。

観念的な親の元で、幼少期からつらい思いを感じながらも自分を諦めずになんとか生きている子もいる。そんなHSCが家から一歩出た学校という社会で、自分を分かってくれてありのままに認めてくれる大人に出会えたら、自己肯定感を下げることもなく、不登校からも救うことができるのではないか。それこそが、教育の中で「生きる力を育む」ことだと思う。


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