【HSCと向き合う(8)】観念を外す③

一般社団法人信州親子塾 齋藤光代
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イギリスの「ウォーノック報告」という障害児・者の教育調査委員会(1978)の報告書で、「特別な教育的ニーズ」という概念が使用されるようになった。その指摘は、

  • 医学的視点からの障害カテゴリーは、子供が必要としている教育と対応していない。
  • 障害を子供の要因としてのみ捉えている。
  • 障害のあるなしは、明確に区分されるものではなく、連続的なものである。

といったものであり、従来の障害カテゴリーの代わりに「特別な教育的ニーズ」を用いることが提案された。そして、障害ではない、特別な教育的ニーズのある子供の割合を20%と想定している。

特別な教育的ニーズ

この概念も数値も、HSCの状況と似通った点が多い。今に始まったものではなく、社会環境、教育環境の変化により顕在化し、生きづらさにつながっていったと考えるのが妥当ではないかと思う。

一斉指導や横並びの価値観など、「こうすべき」が強すぎると、HSCは自分の感覚とのズレが生じ、自分が否定される感覚がして動きが取れなくなる。障害でもなく、病気でもなく、教室の中に必ずいる「特別な教育的ニーズ」のある子供たち。そのニーズ、環境による育ちへの影響をきちんと見ることができるようになると、分ける必要がないことに気付く。

指導するでも、特別扱いするでもなく、向き合うべきは周囲の大人や教師側の観念、自分の「こうあるべき」を疑うことに尽きる。

例えば宿題。「宿題はやるべきだ」という価値観がある。勉強の習慣を付けてほしいという親の希望もあるだろう。しかし、「宿題は本当に必要なのかどうか」というところに立ち返る必要がある。そういった既存の価値観やルール、観念を疑うことを教えてくれる子供がHSCだ。宿題を「しなくていい」でも「しろ」でもない。また、「宿題をやめる」というルールを作ったからよいわけでもない。必要なのは、「そもそも宿題ってなんだろう」ということを問うことから始め、普通と決めつける前に自分の頭で考えることだと思う。学校にとって当たり前の集団登校や給食についても、集団が苦手だったり、味覚嗅覚が敏感だったりという、もともと持つ気質をどう捉えるかが重要である。

昨今は、学校の「こうすべきだ」という強制力が弱まってきている感はあるが、だからこそ教師一人一人の判断が重要になってくる。古い価値観や常識、当たり前や普通といった観念から解決方法を導き出しているうちは、学級の2割の子供たちに強迫観念を植え付けることになりかねない。


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