【新時代の部活動指導(4)】距離感

京都橘高校吹奏楽部前顧問・吹奏楽指導者 田中宏幸
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拙著『オレンジの悪魔は教えずに育てる』(ダイヤモンド社)をお読みいただいた方なら、今回語ろうとしていることは、その本に書かれていることとほぼ同じだということをご理解いただけると思う。

前回、パレード中に突然現れた「わいせつ中年男」を退治した私に謝意が直接告げられず、教科担当の先生を経由して伝わったという話を紹介した。この話は、実に女子校、いや、私が在籍していた頃の京都橘吹奏楽部らしいエピソードなのだ。そこにあるのは、とりも直さず部員生徒と指導者との距離感である。

吹奏楽連盟の重鎮であり、副校長でもあった先代顧問は、出張で学校を空けられることがしょっちゅうで、そのため吹奏楽部は昔から顧問が付き添えない「鍵っ子クラブ」であった。そのことで生徒の自治能力が育ったのだが、それはあくまでも表向きのことであり、当然そのデメリットも多かった。「先生(前顧問)に迷惑をお掛けできない」という言葉の裏側で育まれたのは、不条理なほどの上下関係や理不尽な部則の数々。第1回でも書いた通り、前顧問は自然体なことが魅力な方なのだが、そこにあるのはものすごい鈍感力。生徒たちは先生に気付かれないのをいいことに、陰で好き勝手しているという側面があった。そのため、私の前に副顧問を務め、後継者と見られていた若い男性教員が、生徒となじめずに2人続けて退職していったこともあったのだ。

新入りでありながら、ある程度の年かさの私に対しては、それまでの若手教員に対するような邪険な扱いではなかったが、「いんぎん無礼」であることは、最初の1カ月間で感じ取れていた。パレード事件の謝意が直接なかったことも、「さもありなん」と受け止めていた。

「さぁーて、この子らと末永くやっていくにはどうしたものだろう…?」

若手のペーペーではないにしても、先代のような貫禄もない中途半端な35歳の私。「踏襲」を目標に掲げながらも、じわじわと自分の色に染めていく必要がある。しかしながら、今の自分は部員全員に尊敬される要素を持ち合わせていない。また、困ったことに、精神訓話が苦手なのだ。威厳のかけらもない。

「えーい!」とばかりに始めたのは、部の「総務」と呼ばれる部長、副部長とだけ、距離を縮めることだった。

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