【新時代の部活動指導(8)】ソフトランディングは?

京都橘高校吹奏楽部前顧問・吹奏楽指導者 田中宏幸
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1年生の全力の訴えを何とか箇条書きの文章に書きとめ、すぐに呼んだのは3年生の総務、ドラムメジャー、パートリーダーなどの選抜幹部メンバー総勢10数人。先ほどまで在室し、部屋に熱気を残したまま退室した1年生と人数的には変わりがない。3年生を全員招かなかった理由は、すぐに感情的になる者や口が過ぎる者もいたからだ。おかげでその「精鋭部隊」は、冷静に話を聞いてくれた。

この話し合いの雰囲気次第では、クラブが崩壊しかねない。新参者の私は、一発でお払い箱になってしまう可能性もある。準備室は極限の緊張感に包まれたが、生徒の雰囲気に救われた。

前顧問の先生から、1年生の訴えが順番に読み上げられた。前回述べたように、私たちの指示により一切包み隠すことなく、「A先輩に○○のときに××な仕打ちを受けた」「B先輩にこんなことを言われ、納得できない」など、ド直球の訴えである。

3年生は最初のうち、おおむね不快な顔をし、「なんでそんなこと言われなあかんの!!」と、やや対決姿勢を取る動きも見られたが、訴えのストレートさ加減にはそれを吹き飛ばす迫力があったのか、誰かが「確かにそうや。これはあんたが悪いで」と、別の3年生を批判した。笑顔で…。その場には急にほっこりした空気が流れ、「はいはいC先輩。あんたも言われてるで!」と隣にいる子を指差ししていじったりし始めた。

自分たちに対する批判を受け止めている割には、みんな笑顔だった。結論として「私たちが悪うございました」となった。92期生が偉かったのは、普通なら「私らも悪いけど、1年生もこんなとこ直してよ」と言い出しそうな展開なのに、誰一人としてそんな発言をしなかったことだ。

さて、これだけの取り組みをして、クラブ内の雰囲気が一挙に変わり、上下関係のない全くリベラルなものになったかといえば、そうではない。上下関係をきれいさっぱり取り払うことについては、1年生も含め全部員が反対し、厳しいおきてはそのまま維持された。しかし、その制度を「理不尽だ」とは誰も感じていないという空気が、その後のクラブ内に流れていた。

それが証明されたのが、その約1カ月後に行われたハワイ遠征の初日、ホノルルでの宿舎割りが何と縦割りだったのだ。思い切ったものだ。コンドミニアムの一部屋に各学年が2人ずつ配置され、夕食はそのメンバーで和気あいあいと作っていた。心の底からの笑顔を見せながら。

付け加えるが、この脱走事件を生んだ「コンクール校内合宿」の成果は、見事に無事京都府代表として関西大会に出場するという十分なものであった。私はつくづく思った。「本当に頼もしい子らだ」と。

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