【新時代の部活動指導(9)】そして23年

京都橘高校吹奏楽部前顧問・吹奏楽指導者 田中宏幸
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 本連載は計10回の計画で、私の京都橘高校での23年間と、その後現在に至るまでの吹奏楽指導者人生を語るというものだった。だが、なんと最初の4カ月の出来事だけに、実に8回もの回数を費してしまった。しかし、スタート時点でアタフタしたことや、大きなカルチャーショックを受けたこと、そしてそれを何とか克服できたことにより、その後22年8カ月にわたって私が指導者として存在できたのだと思うと、まんざら紙幅の無駄遣いではなかろう。残りの期間にも、これまで書いたことの100倍以上のエピソードはあったのだが、スタート時点で自分が描いたことを具体化するために考え、工夫したのが「残り」の期間なのだ。

 生徒との関わりで一番重要なこと、特に女子高校生との関わり方において最優先したのは、彼女らに決して不公平感を抱かせないことだった。指導を始めて7~8年たった頃、部の保護者会長から「子供たちが先生を全面的に信頼する理由は、先生は徹底的に公平な人だと思っているからですよ」と言っていただいた。この四半世紀の間で一番うれしく、心に残る言葉だった。

 私自身が愛想の良さの塊のような人間であることは、どんな方にでもお気付き願えると思う。しかし、私は自分の「手兵」でもある吹奏楽部員に対しては至って無愛想で、あいさつを返す以外、特に用事がない限りは話し掛けることがなかった。

 「おはよう!調子はどう?」「最近頑張ってるね!」などと声を掛けることは、相当上機嫌なときでもまずない。女子の集団にそのような態度を取ろうとすれば、それこそ誰に声を掛けたかメモに取り、漏れなくしなければ「あの子は先生にしゃべってもらえたのに、私は話し掛けてもらわれへん」という話になってしまう。「それならいっそのこと、誰にも声を掛けなければよい」と考えたのだ。

 しかしながら、本当に無愛想を貫けば、私は単なる変人として扱われ、信頼どころの話ではなくなってしまう。そこで、第5回で紹介した「3人がクラブを動かす」という話につながるのだ。代表生徒とは伝達事項のみならず、音楽論、人生論から世間話まで、十分すぎるほどコミュニケーションを取った。他の全部員のことや運営する上での問題点など、細かく意見交流をした。総務(代表生徒)も他の部員に、私とどんな話をしているのか、私がどんな人間なのかということを自由に話した。

 そのうち私の方から、伝統の決まり事について「私はこう思う」と意見を言わせてもらうようになった。すると、「実は、みんな先生と同じように思っているんですよ」と返答があり、「じゃあ、こういうふうに改善していかないか?」と私が提案して、それを実行できたこともあった。こうして5年、10年かけて薄皮を剥がすように、私の意図が伝わり、コントロールできる集団になっていったのだった。

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