【新時代の部活動指導(10)】総まとめ

京都橘高校吹奏楽部前顧問・吹奏楽指導者 田中宏幸
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 本連載では、京都橘高等学校に勤務していた23年の間に経験したことを、いくつかピックアップして紹介させていただいたが、最終回を迎えるにあたって、いろいろと述べてきたことの総まとめをしておきたい。

 言いたいことは2点。1点目は、「クラブ顧問は最高学年の子のためにその年度を生きるべし」。これは常に自分の指導の根底にあったことで、自らに言い聞かせるだけではなく、生徒たちや親たちにも言い続けてきた言葉である。3年生が引退したときには、2年生やその親に、「さあ、これからの1年間、私は君たちのためにあります」と公言してきた。

 はっきりと「3年生(最上級生)が主役だ」と言うことは、暗に「少々のもめ事なら私は上につくぞ」と言っているようなものであり、度々出現する鼻っ柱の強い2年生に「今は我慢せよ」と語っているようなものだ。その年度の各学年の出来や質により、指導者があっちを向いたりこっちを向いたりすることは、一貫性がないと見られるので避けるべきだと思っている。

 2点目は「子供より親と語り合うべし」。これは拙書にたくさん書いたことなので、重複してしまうかもしれないが、「子供に相対するとき、常に親の顔を思い浮かべよ」ということは、新米教師の頃に先輩からよく指導された。京都橘というとても大きな世帯の責任者になり、ふとそのことを思い出した。

 考えてみれば、生徒は常に自分の目の届く場所にいるが、親はそうではない。幸い京都橘は、保護者会組織が活発で、保護者と話せる機会が多くあった。保護者からも「娘には内緒ですよ」とさまざまな情報が伝えられたり、相談を受けたりした。いざとなれば、難しい世代の若者相手に「2対1」で立ち向かえる。これは何と言っても心強いことであった。このようにして、私の京都橘での23年は終わったが、まだまだやり残したことはたくさんあるように思う。

 2021年4月より、私は大阪の私学・大商学園高等学校で吹奏楽部の音楽監督を務めている。女子より男子の方が多いバンドから、新しい刺激を受けて毎日が楽しい。機会があれば、またこの場でエッセーとして報告したい。お読みいただき、ありがとうございました。

 (おわり)

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