【その指導は、しない(4)】休み時間は誰のもの?

めがね旦那 公立小学校教諭

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 今回のテーマは「休み時間は誰のもの?」です。学校には授業と授業の間の時間が「休み時間」と設定されています。僕はこの時間に友達とドッジボールをすることだけを楽しみに学校へ来ていた子どもだったので、この時間の大切さはよく分かっているつもりです。冒頭の問いの答えはもちろん「子どものためのもの」と言いたいところですが、多くの場合、違うようです。

 例えば、多くの学級では、授業中に出された課題が終わっていない子どもは、それを休み時間にさせられます。宿題を忘れてしまった場合も、同じような対応がなされます。授業中の態度が悪かった場合に、先生の説教が休み時間まで延長することもよくあります。いずれの場合も、「課題が終わらない子どもが悪い」「宿題をやってこない子どもが悪い」「態度の悪い学級が悪い」などと、「子どもたちの自己責任の帰結」として捉えている先生が多いように思えます。

 では、先生の「休み時間」を考えてみましょう。教員は労働者ですので、労働基準法によって「休憩時間」が設定されています。これをお読みの先生は、ご自身の休憩時間が何時から何時まで設定されているかご存じでしょうか。僕が働いている職場に、休憩時間をしっかりと取得している先生は、恐らくほとんどいません。多忙を極める先生方は、労働者の持つ権利さえも行使できていないのです。

 僕はこの「多忙のため休憩時間を取得できない先生」と「休み時間を自由に過ごせない子ども」が、同じに見えてなりません。そして、これはどちらも由々しき事態ではないでしょうか。我々人間は疲労が蓄積したら、そのパフォーマンスが大きく低下してしまいます。それは仕事も学習も同じです。

 「いやいや、先生が休憩時間を取得できないのは、働き方がヘタクソなせいだから自己責任だよ」なんて言われたら、なんだかムッとしてしまいますよね。でも、もしかしたら、休み時間を取れない子どもたちも同じ気持ちかもしれません。

 先生も子どもも休憩時間は、しっかりと休ませてあげましょう。そして、それは管理者である立場の人間が促すべきものです。先生が子どもたちの休み時間を意識することができれば、それは先生方ご自身の休憩時間にも良い影響を与えるはずです。持続可能な働き方をして、ゆとりのある精神状態で子どもたちの指導に当たりたいものです。

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