【学校のパワーハラスメント(3)】学校のパワハラを巡る時代の変化

労働ジャーナリスト・職場のハラスメント研究所所長 金子雅臣

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1 パワハラへの疑問

 先生方から「あまりパワハラ研修などをやられると生徒指導が難しくなる」という苦情をよく聞きます。一方で、教員や生徒からのパワハラの苦情も絶えず、学校の取り組みにも戸惑いがうかがわれます。

 時代が変わり、教育環境も大きく変化してきています。また、人々の人権意識が高くなったこともあり、たとえ生徒指導といえども、一昔前のように「ばかやろう」「この野郎」といった相手の人権を無視するような指導が許されない状況になってきています。

 しかし、依然として「最近の子供は根性がない」とか「相手のためを思っての指導であれば、多少の行き過ぎも仕方がない」という考え方も根強く残っています。そうした発想から「いくら時代が変わったとはいえ、指導・教育の何でもかんでもパワハラと言われては、立場がない」と言う先生たちの声も聞こえてきます。

2 時代の変化

 昔から熱血指導型の教師はいましたし、学校では「多少の行き過ぎも認められる」といった考え方が通用してきました。しかし、最近はこうした厳しい指導を受け入れるための「相手のためを思ってのこと」という暗黙の前提が失われ始めています。

 つまり、教員がそのように思っていても生徒がそのように受け止めない事例や、教員の側にもとても生徒のことを思いやっての言動とはいえない事例も増えてきているのです。それは、一言で言えば「お互いに相手の気持ちを思いやる余裕がなくなってきている」ということです。

 こうした状況の中でパワーハラスメントを取り上げることは、決して学校の人間関係を難しくするものではなく、むしろ学校の人間関係をより良いものに改善しようとするものです。ハラスメント対策の目的は、まさに時代の変化の中で、これまでのコミュニケーションの在り方を見直し、より良いコミュニケーションを目指そうというものです。

3 叱責もコミュニケーション

 「指導が難しくなる」とか「先生たちが萎縮する」と言っているような人たちが、果たしてこれまで子供を萎縮させたり、一方的な叱責(しっせき)で黙らせたりするようなコミュニケーションをしていなかったでしょうか。

 教育や指導に伴う叱責も、大切なコミュニケーションの一つであることを再確認する視点が大切です。これまでのような一方的な叱責による指導方法を見直し、良好なコミュニケーションを通じた教育や指導こそが求められているのです。

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