【その指導は、しない(8)】教育目標と生産目標

めがね旦那 公立小学校教諭

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 今回のテーマは「教育目標」についてです。皆さんの学級には「教育目標」がありますか。もしくは、学級だったら「学級目標」でも構いません。「学級の目当て」を毎日設定している学級もよく見かけます。

 では、その中身はどのようなものでしょうか。最近見かけた「学級目標」に、「みんななかよく、元気よく」とか「何事も一生懸命に取り組もう」などがありました。「学級の目当て」だと、「先生の話を静かに聞こう」とか「1日1回手を挙げよう」などがありました。

 これらの「教育目標」なるものは、学校の活動のさまざまなシーンで設定されています。しかし、この語源が、工場でいう「生産目標」であることを知っている人は少ないかもしれません。

 僕は新任の頃から、この「教育目標」に対して違和感を覚えていました。例えば、工場だったら生産工程を見直して「生産効率を上げる」ことによって「生産目標」を達成することはできるかもしれません。しかし、学校は工場ではありません。扱っているものは、「モノ」ではなく「子どもたち」です。

 子どもたちは同じ活動をしていても、そこで得られるものは子どもによって違うはずですし、その多様性こそ学びの本質ではないでしょうか。そもそも、工場の生産目標の場合は、それが達成されたかどうかのチェックが行われます。未達成ならば、目標の見直しや業務改善が行われるでしょう。しかし、学校の教育目標はどうでしょうか。設定するときこそ時間をかけるものの、一度設定をされたものについては、それが達成できたかどうかをチェックすることはあまりないように思います。

 仮にチェックをするとしても、どのようにできるでしょうか。生産目標ならば数値ですので一目瞭然ですが、教育目標の多くは数値ではなく「文言」です。先生や子どもたちから見た「なんとなく」で曖昧に評価されても不思議ではありません。さらに言えば、これらの「教育目標」なるものは、「目標」ではなく「スローガン」的なものがほとんどです。だから、そもそもチェックのしようがありません。

 先生によってはこの「教育目標」を引き合いに出して、「説教の道具」としているケースも見掛けます。「みんなで決めた目標をどうして守れないんだ!」なんて先生に言われても、子どもからしたら「私はそんな目標が良いなんて言ってない」と思っているかもしれません。「みんな」の中にその子は入っているのでしょうか。

 子どもたちはそれぞれの発達段階を経て着実に成長していきます。学校は工場ではありません。一律の目標よりも、子どもたちそれぞれの成長に目を向けたいものです。

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