【ジェンダー教育と教師(1)】「赤いコンパス」に見るジェンダー

宮崎公立大学准教授 寺町晋哉

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 突然ですが、読者の皆さんが学校で使用した「コンパス」は何色でしたか?約30年前、私はコンパスを購入する時、なぜか赤と黒の2色の選択肢しかなく、赤色が好きだったので「赤いコンパス」を購入しました。するとクラスメートから「寺町、なんで赤色なん?」「お姉ちゃんのお下がり?」と次々に質問されました。

 黒いコンパスを購入していれば、こうした質問はされなかったかもしれません。「みんながそうだから」「昔からそうだから」という理由で個人の選択をあれこれ言うことに、「逆張り」が大好きな私は違和感を覚えました。私が「ジェンダー」に興味を持った「きっかけ」が、この「赤いコンパス」です。

 「黒いコンパスと男子」のように、私たちが暮らす社会では、非常に多くの「もの・こと」が特定の「性別」に結び付けられています。こうした結び付きを支えるルールや規範(「~であるべき」という考え)をジェンダーと呼びます(加藤秀一『はじめてのジェンダー論』有斐閣)。

 例えば、持ち物、おもちゃ、服装などを見ると、多くの場合「男性・女性」用に区別されています。職業も「男性・女性」をイメージするものがあります。もう少し踏み込んでみると、大半の読者は私の写真を見て「男性だ」と思われたでしょう。これらの区別、イメージ、判断を支えているのがジェンダーです。

 とはいえ、「ジェンダーに問題があるのか?ただの区別やイメージでは?」と思われた方もおられることでしょう。しかし、「男なんだから~」「女なのに~」のように、「性別」と特定の生き方や個性が結び付けられるジェンダーによって、個人の個性や人生が制限されかねません。

 こうしたジェンダーは学校教育にも存在します。大学生や高校生を対象にジェンダーの話をすると、時折耳にするエピソードがあります。それは「女子なんだから4年制大学へ進学しなくてもいい」です。「女子」というだけで大学進学を制限されているのです。

 私が足場を置く「教育社会学」という学問分野では、このエピソードのようなジェンダーと教育に関する知見が長年蓄積されており、ジェンダーが個人の可能性を制限していることを明らかにしてきました。この連載の前半部分では、ジェンダーが教育にどのような影響を与えているのかをお伝えしていきます。

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【プロフィール】

寺町晋哉(てらまち・しんや)
専門はジェンダーと教育。著書に『〈教師の人生〉と向き合うジェンダー教育実践』晃洋書房、松岡亮二編『教育論の新常識』中公新書ラクレ(分担執筆)、中村高康・松岡亮二編『現場で使える教育社会学』ミネルヴァ書房(分担執筆)。

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