【ジェンダー教育と教師(5)】「ジェンダーへ配慮する=LGBTへ配慮する」ではない

宮崎公立大学准教授 寺町晋哉

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 大学の講義でジェンダーを扱うと、「性的マイノリティー」、いわゆる「LGBT」当事者についてのコメントが多くの学生から寄せられます。「ジェンダーへ配慮する=LGBTへ配慮する」ではないのですが、イコールで考えてしまっている学生が少なくありません。

 第2回で扱ったように、学校では多くの場面で「性別で分ける」ことが用いられます。「性別で分ける」ことで困難に直面するのが「自身の性別に関して、割り当てられた『性別』のあり方とは何らかの意味で異なる性自認を持つ」(森山至貴『LGBTを読みとく』)トランスジェンダーの子どもたちです。例えば、性自認が「男子」であるトランスジェンダーの子に「割り当てられた性別が女子なので、女子の制服を着用させる」ことで、その子が戸惑いや困難を抱えることになるのです。最近では「ジェンダーレス制服」が注目されていますが、制服以外にも多くの場面で「性別」情報が用いられており、同様の困難や戸惑いが生じています。

 一方で、恋愛感情や性的な関心が同性へ向いているレズビアンやゲイの当事者の場合、「性別で分ける」ことは「問題」になりません。例えば、ゲイの当事者であれば(厳密には他者が判断できないのですが)性自認が「男性」であるため、「男子」にカテゴライズされて「男子」の制服を着用させられても、特に「問題」はありません。むしろ、「好きな女の子は誰?」や「思春期だから異性を意識するよね」といった異性愛が前提のコミュニケーションに、困難や戸惑いを覚えることになります。

 トランスジェンダーの当事者だからと言って、必ずジェンダーに疑問を持っているわけではありません。性自認と一致したジェンダーへ強いこだわりを持つトランスジェンダーの子もいるでしょう。反対に、LGBTの当事者ではない子どもが、ジェンダーに違和感を覚えることもあります。

 「トランスジェンダーだから」「女子だから」「同性愛者だから」といったステレオタイプ的な見方や決め付けを、私たちはしてしまいがちです。当たり前のことですが、他者を理解することは簡単ではありません。だからこそ、ジェンダーやセクシュアリティーの「普通」にこだわらず、子どもたち一人一人を尊重し、丁寧に対応することが必要になります(具体的な支援方法については、『現場で使える教育社会学』で整理しています)。

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