【ジェンダー教育と教師(7)】ジェンダーの「課題」の多様性

宮崎公立大学准教授 寺町晋哉

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 前回紹介したジェンダー教育実践は、誰でも取り組めるという点で「パッケージ化」されていると言えます。ジェンダー教育実践に限らず、さまざまなテーマについて教材集や実践事例などがまとめられていますが、これらもパッケージ化されたものと言えるでしょう。

 教材や実践事例をそのまま使っても、目の前にいる子どもたちの実態と合わず、ズレが生じてきます。おそらく大半の先生が、ズレを埋め、子どもたちの実態に沿うように、教材や教授方法を工夫されているでしょう。拙著でも、教材集をもとにしながらも子どもたちの実態に沿う形で奮闘する先生方の姿を描いています。

 ジェンダー教育実践も、パッケージ化されたものだけでは限界があります。その学校特有の教育課題があるように、ジェンダーの「課題」も学校の状況に左右されます。例えば、「体力には男女差がある」という認識の下、中学校まで男女別の体育を経験してきた子どもたちに対して、高校で突如「体力は男女差より個人差だから、男女一緒に体育をしましょう」と伝えても、スムーズに実践できる可能性は低いでしょう。男女混合の体育を考えるならば、学校段階、子どもたちの実態、子どもや先生が持つ「体力」に対するジェンダー・ステレオタイプなどを考慮する必要があります。

 そこで、学校の状況や文脈に応じたジェンダー(・バイアス※)を丁寧に観察し、その状況に応じた対処法を考え、課題解決を目指して介入を行う「ジェンダー・センシティブな視点」が重要になります。

 ジェンダー・センシティブな視点で重視されているのは、単発の授業や取り組みというより、先生と子ども、子ども同士、あるいは先生同士の関係の中に存在するジェンダー(・バイアス)に注意を向け、その改善へ向けて継続的に取り組むことです。筆者は特に、先生自身のジェンダー観を批判的に検討するよう要請してきました。

 ジェンダーの課題を改善するために、ジェンダー・センシティブな視点は確かに意義のあることなのですが、「教師も一人の人間である」ことを考慮すると、一筋縄ではいかない側面があります。次回はその点について説明します。

 ※ジェンダーに基づく偏見や、その結果として性別構成比が偏ることを指します。例えば、「女子は理系が苦手」という偏見から男女で異なる働き掛けをすること、理系学科に女子が少ないことなどもジェンダー・バイアスと言います。

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