私の専門は教育相談、生徒指導であり、教科ではありません。しかし、まれに、研究授業で「指導者」「助言者」という扱いを受けることがあります。教育実習での学生の研究授業です。お恥ずかしい話ですが、以前、私はこの仕事が苦手でした。教科が専門ではないので、何をどう「指導」「助言」したら良いか分からなかったのです。

前回にひき続きボーイスカウトの話題だが、今回は子どものことではなく、私自身の話。3人の息子たちをボーイスカウトに入れたまではよかったが、私もリーダーをやるハメになってしまった。もっとも、中学生のころからリュックとテントを背負って遺跡を探し回っていたので、野外生活には慣れっこだ。

東京書芸協会会長 川原世雲   手書きとパソコン書字を同じと思っていませんか。実は驚くほど違いがあるのです。書の指導者となって25年。その後半の十数年は、手書きと脳科学の研究をしてきました。私の指導経験と、書と脳科学の研究から得られた知見が教育の現場で生かせれば幸いと思い、筆をとらせていただきました。 最近、電子機器の急速な普及により、日本語がパソコン書字(ボタンや画面に触れること、ここではパソコン書字と表記します)によって書かれることが多くなってきています。教育の場面でも、影響は少なからずあるようです。 書字と脳の研究を進めていくと、手書きとパソコン書字では、脳の活動が大きく異なることが分かってきます。脳はその領域によって役割が異なり、それぞれの領域の機能が共調してさまざまな人間の活動を成立させています。脳の中でも、手の感覚や運動を司る脳の領域は大変広いのです。 それなら両手を使うキーボード操作や指の腹で触るスマホ操作が脳に良いのであろう、というと、そうではないのが面白いところです。キーボードやスマホの操作では、力の入れ抜きや細かい指の作用は必要ありません。 表(1)を見ると、パソコン書字をさせるよりも手書きをさせる方が、ずっと器用に用具を扱わなくてはならず、脳への負担が大きいことが分かります。負担が大きいとはイコール、脳の発達を促すことになります。また表(2)の空間の構築性や、表(3)のリズム性、イントネーション性のように、手書きはパソコン書字に比べ、脳の広い範囲での同時進行的な活動を促します。 これらの研究は、脳梗塞、脳腫瘍、脳溢血などの疾患や事故により脳のある領域の機能が失われて初めて分かるその領域の役割や、MRIなどの脳の活動が観察できる機器の発達の結果によるものです。ですから、どちらかというと、私の研究は、医療関係者と共同で行うことの方が多かったように思います。脳は、それ自身には、痛いとかかゆいとかといった知覚がなく、また硬い頭蓋骨におおわれているため、目で見ることもできません。 教育をするということは、脳を育むことにほかならないはずです。言語活動に関する脳の機能と構造について探究することは、子どもの成長を見守る上で大きな示唆を与えてくれると思っています。 川原世雲(かわはら・せいうん)書家/東京書芸協会会長=早稲田大学大学院修了。(財)東京しごと財団セミナー講師。活字と手書きの違いや脳科学と書道についてのユニークな講義で知られる。著書に『一週間で美しい字が書ける実用ボールペン字練習帳』(主婦の友社)など。

子どもがきびきびと動いている学級を参観することがあります。ところが、その背景が「教師の強い統制」であることが少なくありません。子どもが逸脱行動をすると厳しい指導が待っているのです。また、教師の意図に沿わない子がいると、注意や叱責が待っているのです。結果として、子どもたちは教師の顔色をうかがいながら生活することになります。このような学級経営では、子どもの自立はおぼつかなくなります。

一切先入観を持たずに子どもたちを迎えるという考え方がありますが、一昔前ならまだしも、現状では私は反対です。前回も書きましたが、今や教壇に無防備で立ってはいけません。しっかりと情報を収集しておきます。そのために、(1)児童調査票(2)指導要録(3)前担任からの引き継ぎ資料――のリストを活用します。今からでも、決して遅くはありません。

文教大学教育学部教授 会沢信彦 私が担当するゼミ生は、ほとんどが小学校教師志望です。この春もゼミ生9人のうち大学院進学を除く8人が教師(臨時的任用を含む)として学び舎を巣立っていきました。  数年前のゼミ生で、とりわけ優秀な学生がいました。小学校教師になるという強い意志を抱き、高い学力を有するだけでなく、サークル活動にも打ち込み、友人関係も豊かでした。私から見ても、「きっと良い先生になるだろうな」と感じさせる学生でした。そして、期待通り、教員採用試験にも1回で無事に合格しました。  彼女が卒業してから1年数カ月後、風の便りに、彼女が小学校を退職したと聞きました。驚いて彼女にメールをすると、「先生に言えませんでしたが、3月で退職しました。5年生の担任になりましたが、いろいろあって体調を崩し、3カ月お休みしました。ひとことで言うと、やんちゃな男の子の気持ちがつかめませんでした…」という返信が届きました。  都市部の小学校を中心に大量採用が続いている半面、早期に離職する若手教師が多いということは知識として知っていました。しかし、優秀な私のゼミ生がその1人となるとは……。指導教員として少なからぬショックを受けました。  私はもともとカウンセリング、臨床心理学、教育心理学などを学び、大学では「教育心理学」や「学校カウンセリング」を担当しています。学校心理士スーパーバイザー、ガイダンスカウンセラー、臨床心理士などの資格も持ち、スクールカウンセラーの経験もあります。「学校カウンセリング」では、傾聴や共感などのいわゆるカウンセリング・マインドの大切さを学生に伝えてきたつもりです。そして、くだんの彼女は、心の弱った児童に寄り添うような感性については抜群でした。そんな彼女が1年で退職に追い込まれたのです。  私は「いったい自分の教えてきたことは何だったのだろう」と悩みました。その結果、「いわゆるカウンセリング・マインドだけでは教師という仕事は勤まらないのではないか」という至極、当たり前の事実に気づいたのです。そして、「そもそも教師に求められる力とはいったいどのようなものなのか」が、教員を送り出す立場にある私の最大関心事となりました。  1年間にわたり、私の考える「教師の力」について、カウンセリングを中心としつつも、さまざまな角度から伝えていくつもりです。ご意見・ご感想など(Eメール=aizawa@koshigaya.bunkyo.ac.jp)お聞かせいただければ幸いです。ご愛読のほどよろしくお願いいたします。  会沢信彦(あいざわ・のぶひこ)教授 著書に『今日から始める学級担任のためのアドラー心理学』(図書文化)など。 連載一覧へ

私の仕事は「生徒指導コンサルタント」です。この20年間で200校余りの荒れた学校や学級と関わってきました。荒れを克服した学校や学級はどんな生徒指導、学級経営をしていたのでしょうか。反対に、どうして落ち着いていた学校や学級が荒れていったのでしょうか。その話を12回しましょう。

4月がスタートしました。この連載を読まれている方は、新年度への期待はもちろん、不安もきっと大きいのではないでしょうか。私もそうでした。「子どもたちとうまくいくのかな?」「学習指導はどうしよう?」……。この季節には、そんなことばかり考えていました。

「指、切っちゃいました」――。ニンジンと一緒に自分の指まで切ってしまった少年が青ざめた顔でやってきた。ボーイスカウトのキャンプ中のことである。

教師は普段、子どもに指示を出す機会が多くあります。指示が的確なほど、子どもたちは望ましい行動をとることができます。集団を率いるときも同じで、指示が的確なほど集団としてまとまった動きをつくり出すことができるでしょう。しかし、実はここに落とし穴があります。

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