対談 教育DX化に向けた今後の展望と課題

  • 浅野大介(経済産業省サービス政策課長(兼)教育産業室長/デジタル庁参事官)
  • 田中悠樹(株式会社Study Valley代表取締役CEO)

 全国の学校に1人1台端末などが配備され、ハード面だけで見れば日本の学校のICTは世界トップ水準となった。一方、現場での活用を推進していく上で、有用なコンテンツの開発やそれを支える人材の育成などが急務となる。教育DXを加速させていく上で、現場の課題をどのように乗り越えていく必要があるのか。経済産業省で「未来の教室」事業を推進してきた浅野大介氏と、「STEAMライブラリー」の開発を担った株式会社Study Valley代表取締役田中悠樹氏に、今後の展望と課題を語ってもらった。

【協賛企画:株式会社Study Valley】


「Postコロナ」のイノベーターを育てる

――先日、経産省の委託事業である「Edvation Open Lab」の成果報告会が行われました。浅野さんは報告会にも登壇されていましたが、まずはこの事業の趣旨・狙いについて教えてください。

浅野氏

浅野 これまで私たちは、「未来の教室」実証事業を通じて、1人1台端末を使う学習環境の有効性を示しながら、文科省とともに「GIGAスクール構想」を推進してきました。その過程で、「Qubena」「すらら」「Life is Tech!」など教育系ベンチャー企業と新しい市場づくりをしてきましたが、さらにいい学習環境を子供たちに提供できる「次なる勢力」が湧き起こってくる生態系づくりが重要です。そんな問題意識の下で立ち上げたのが、Edvation Open Labで、次なる教育イノベーター勢力の誕生に向けて何をすれば良いか模索しています。

――Edvation Open Labには、田中さんが代表を務めるStudy Valleyも参加されています。どのような経緯があったのでしょうか。

田中 私は以前、ベンチャーキャピタル(投資会社)に勤めていて、教育系サービスは他領域に比べるともうからないし支援も受けにくく、スタートアップが難しいことを知っていました。そうした状況がある中で、経産省がこうした事業を用意してくれることはとてもありがたいことで、この支援を受けて実績を残せば、EdTechのエコシステムを作れるのではないかと考えました。

――成果報告会では2回にわたり、計20名の方がプレゼンされました。浅野さんはどのような印象を持たれましたか。

浅野 率直に、いろいろ面白いサービス人が出てきているんだなと思いました。でも半面、一つ課題を感じたこともあります。GIGAスクール構想の実現によって学校EdTech市場という一大マーケットが生まれたことで、「何とか学校の授業で採用してもらえるよう、授業をする先生の視点を大事にして開発しよう」という意識が結構強く働いている事業者さんもいるように感じました。

 それももちろん重要な営業戦略なんですが、むしろ学習の当事者である子供の学びやすさに焦点を当てて、それこそ「うちのEdTechがあれば、先生は質問を受けて寄り添ってさえくれれば、授業なんかなくても勉強なんて簡単に仕上がるよ」くらいの反骨心や爆発力のあるコンテンツ開発の力が削がれてしまわないかは心配です。そのくらい破壊的なイノベーションがあってこそ、学校も良くなっていくのだと私は考えています。GIGAスクール構想で学校という一大EdTechマーケットが生まれたことで、Edtechが「子供主体」ではなく「先生主体」に急旋回してしまわないか、ベンチャーの反骨心や爆発力を削いでしまわないか、そんなことも気にしないといけなくなったなというのが、率直な感想です。

田中 浅野課長のおっしゃる通り、現場の先生に納得してもらわねばと考える中で、ベンチャー特有の反骨心や爆発力を発散しきれていない側面は確かにあるかもしれません。一方で、何の制約もなく、何をやってもよいという状況からはイノベーションが生まれにくいというのも、私自身の経験則としてあります。あと、われわれは「Postコロナ」ですが、主たる対象が高校のため、サービスを提案しても端末がないなんてこともあります。だから、まだこれからといった感じですね。

探究には「水先案内人」が必要

――今回、Edvation Open LabでStudy Valleyが提案している「Time Tact」は、STEAMライブラリーの活用を広げることを狙いとしたプラットフォームなのでしょうか。

田中 そうですね。機能は大きく二つあります。一つは、STEAMライブラリーを活用して探究を進める上でのラーニング・マネジメント・システム(LMS)。多忙な先生方が、1年を通じて探究を回せるようサポートするものです。もう一つは、学校の探究を実社会とつなぐこと。例えば、霧島酒造さんが焼酎粕から発生するバイオガスで自家発電し、電気自動車を動かしていますが、こうしたプロジェクトを学校の探究につなげています。

浅野 STEAMライブラリーは動画コンテンツなので、探究の「入り口」にすぎません。今年3月にリニューアルオープンしたので、今年度は一人でも多くの先生方に使ってもらった上で、改善を図っていく必要があります。

 例えば、経産省で働いていると、常に生の社会課題に向き合わされます。「次はこんな分野で課題解決をしろ」と言われるわけです。その際の「入り口」となるのは前任者からの「引継ぎ資料」とかなどですが、それは、探究学習で言えばSTEAMライブラリーに当たるわけです。前任者からの引継ぎ書類をよく読むと、時には前任者が立てた問いにさらなる問いが生まれたり、問いのおかしさに気付いて、問いをつくり直したりすることもあります。そういうときに、見ず知らずの新分野ですから、課題解決に必要な情報を手繰り寄せていく「水先案内人」のような人をいつも探すんです。学校の探究においては、Time Tactがそうした役割を担ってくれることを期待します。

田中 おっしゃる通りで、生徒はもちろん、ファシリテーション役の先生方にも「水先案内人」は必要です。だからわれわれは、生徒だけでなく先生に寄り添うことも意識しています。そうして先生がわくわくして「こんな世界があるよ」と伝えれば、生徒たちの興味関心も引きやすいと考えています。

「当たり前」を疑い、「そもそも論」をしてほしい

――探究を実りあるものにしていく上で必要なことは何でしょうか。

浅野 世の中には未解決の社会課題がそこら中に転がっています。個人的な話をすれば、私みたいな政府の職員は、そもそも社会課題解決を生業にする職業だし、気になる課題もそこら中に転がっているし、向こうから「解決してくれ」とやってくる。だから「問い」を立てやすい日々を過ごせるんですが、そんな環境にはない中高生からすれば「深掘りしたくなる課題」を見つけること自体が大変な難業になります。私も、大学生時代は困りました。だから、探究学習の場面で当事者意識を持てる課題に出会う仕掛けが必要です。

 探究学習の場面で与えられた課題に対して、新聞の社説やコメンテーターのコメントみたいな「通説や、もっともらしい理屈」を並べてしまう中高生はたくさんいます。でも、それは、本来の探究と真逆の行為です。世の中の「通説」を問い直して、ひっくり返していくことが研究とか探究という行為なのですから。そして、多くの学校の先生自身に探究の経験はあまりない中で、これからの探究学習を通じて、多くの子供たちが「きっとこれならは先生がマルつけてくれるだろう」と感じる「正解」を書くだけの「探究ごっこ」に向かってしまわないかがとても心配です。

田中氏

田中 課題を「自分事」にしていくことは、探究に継続的に取り組む上でも非常に重要だと思います。今、学校現場ではSDGsが注目されていますが、テーマの抽象度が高いこともあって、大人が求めそうな正解を出しがちな傾向があります。

 一方、われわれが進めているのは自分が居住する地域の課題に向き合わせることです。例えば、宮崎県の高校生が今、地域で起きている竹害の解決に向けて取り組んでいます。具体的に、東京の企業とコラボして、竹からハンガーを製造したり、竹パルプから撥水性の繊維や包装紙を作ったりするプロジェクトを動かしています。もちろん、こうした探究を学校単独でするのは大変なので、我々がサポートしているわけです。

浅野 探究や研究というのは「常識」や「通説」をひっくり返しにいく行為ですから、ある意味「へそ曲がり」な根性がないと始まりません。しかし学校はそもそもそういう姿勢の生徒に寛容な場所じゃない。だから、「誰でもやれる探究入門編」として、STEAMライブラリーの中に「みんなのルールメイキング」というコンテンツをNPO法人のカタリバさんと配信しています。これは日本中にあふれる「おかしな校則」にスポットを当てて、そもそも一つ一つの校則が何の目的で存在しているのかを抽象化して考え抜いて、目的と手段の関係を整理して、皆で合理的なルールに作り直していくのをサポートする映像コンテンツです。校則って子供にも先生にも当事者意識が芽生えやすい話題です。

 そんなこういうプロセスの中で「当たり前」を疑い、「そもそも論」を突き詰めて論理的思考を鍛えやすいはずです。多くの学校って、深い対話を苦手とする場だと思います。しかし、「そんなそもそも論をやったら、秩序が乱れて場が混乱する」なんておっしゃる先生方が、探究学習なんて指導できるわけがありません。「今まで正しいと信じられてきたことがひっくり返る経験」を先生も生徒も経験しないと、探究なんて始まりません。

「ルールメイキング」が持続可能な社会の土台になる

――最後に、今後の展望と課題、そしてご自身が取り組んでいきたいことをお聞かせください。

浅野 まずは、探究学習の基礎作りとして、今お話ししたルールメイキング活動を広げたいですね。探究を推進していく上でも、持続可能な社会を形成していく上でも、ルールメイキングの思考経験が根っこになると私は考えています。とはいえ、文科省が通知を出して広げるだけでなく、ネット上での交流や情報共有を通じて広げていく必要があります。そうして出来上がったネットワークを土台に、STEAMライブラリーやTime Tactを活用してもらいながら、「そもそも論」や論理的思考力を鍛えられたらいいなと考えています。

田中 ルールメイキングが持続可能な社会の土台になるというのは、私もその通りだと思います。一方で、われわれ大人社会を見渡すと、組織のルールがトップダウンで決められているケースも少なくありません。学校でルールメイキングを経験した人が、社会に出てそれが全く通用せずに悩むなんてことも考えらます。そうしたギャップを埋めていく上でも、学校が実社会とのつながりながら探究を進めていくことが大事だと考えます。だからこそSTEAMライブラリーやTime Tactを通じて、そうした実践をサポートしていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。

[教育新聞ブランドスタジオ制作]

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