対談 現場の先生方の熱量が、一つの突破口となる

  • 佐藤昌宏(一般社団法人教育イノベーション協議会代表理事/デジタルハリウッド大学 教授・学長補佐)
  • 中村俊介(株式会社しくみデザイン代表取締役)

 全国の小中学校に1人1台端末が整備され、教育のDX化の土台は整えられた。今後は現場での活用を広げていくことが課題となるが、前例踏襲の学校組織が変化を遂げる上で、乗り越えるべき壁は高い。既存の枠組みを突破していく上で、どのようなシナリオを描けばよいのか。長きにわたり教育のDX化に取り組んできた一般社団法人教育イノベーション協議会代表理事の佐藤昌宏氏と、感覚的に使えるプログラミングツール「Springin’」で注目を集める株式会社しくみデザイン代表取締役の中村俊介氏に、今後の展望と課題を語っていただいた。

【協賛企画:株式会社しくみデザイン】


イノベーターの夢や思いが、世の中に変革をもたらす

――佐藤さんが代表理事を務める教育イノベーション協議会が、経産省の委託を受けて実施している「Edvation Open Lab」について、事業の経緯や狙いを教えてください。

佐藤 私が最初に「EdTech」という言葉と出合ったのは2009年頃で、その後日本でも11年頃からこの言葉が使われ出しました。当時すでに教育を劇的に変えそうなツールがたくさん開発されていましたが、世の中にはほとんど知られておらず、私は12年に「EdTech JAPAN Pitch Festival」というイベントを開き、教育ベンチャーに対するインキュベーションを個人で始めました。

佐藤氏

 その後は、15年に参加した海外のイベント「SXSWedu」に感銘を受け、自腹で教育ベンチャーの人たちを連れて行くなどしていました。「Edvation Open Lab」は「SXSWedu」の育成システムを源流としていますが、今回これが経済産業省の委託事業となったことで、教育ベンチャーをさらに高いステージへ上げられると考えています。

中村 私は佐藤さんの団体が主宰する「EdTech JAPAN Global Pitch」に参加し、2017年にグランプリをいただきました。そのツールが、今回「Edvation Open Lab」でインキュベーションをいただいている「Springin’」です。

――具体的にどのようなツールなのでしょうか。

中村 端的に言えばTikTokのゲーム版みたいなものです。スマホ一台で誰でも簡単にゲームを作れて、みんなシェアができるプログラミングツールです。

佐藤 私がインキュベーションで重視するのは、そのサービスが教育にどんなBefore・Afterをもたらすかです。「Springin’」はプログラミングによる創造という一見難しい活動が、子供でも簡単にできるという点に可能性を感じました。何より、いかにも中村さんらしいツールだと思いましたね。世の中に変革をもたらすツールには、イノベーターの夢や思い、課題意識というものが表れるものです。

中村 私は20年くらい前に、体を動かして音を奏でる「KAGURA」というデジタル楽器を開発し、国内外のさまざまな賞をいただきました。なぜ、そんな楽器を作ったかというと、私自身が楽器を弾けないため、楽器演奏の敷居を下げたかったのです。佐藤さんが「Springin’」を私らしいと言ってくださるのは、そうした経緯もあってのことだと思います。

学習しなくても感覚的に使えるツール

――「Springin’」を開発された経緯を教えてください。

中村 私たちはこれまで、クリエイターとしてさまざまなツールを作ってきました。そんな中、ふと思ったのは、「いつまで自分たちが創り続けるのか」ということ。「創る」のは楽しいし学びにもなる。そんな活動を他の人にも味わってほしいと思ったのです。

 とはいえ、「創る」過程で必要なプログラミングは敷居が高く、入り口で挫折する人も少なくありません。そのため、学習しなくても感覚的に使えるツールを開発しようと思ったのです。

 「Springin’」は当初、ビジネスにする気がなかったのですが、次第にユーザーが増えて多様な作品が生まれ、授業で活用する先生も現れ出しました。そして、小学校でプログラミング教育が必修化されたことを受け、一気にダウンロード数が跳ね上がりました。「Springin’」をEdTechの一つと考え、学校向けの機能を実装し始めたのはこの頃なのですが、根幹にあるのは「みんながクリエイターになってほしい」との思いであり、そのための「ショートカット」を作ったという意識です。

佐藤 学びの場に「ショートカット」を持ち出すことに難色を示す人もいますが、私はそれでいいと考えています。プログラミングは道具に過ぎず、ゴール地点はコーディングを覚えることではなく、それを使って新しい世界を描くことです。その過程では「楽しさ」や「わくわく」が必要ですが、学校での学びは苦痛の方が大きく、子供たちは「学ぶことはつまらないこと」と思ってしまっている。だからこそ、「ショートカット」でゴール地点を見せ、子供が「なんのために学ぶか」を知り、楽しみながら学べるようにすることが大事だと考えます。

中村 デジタル端末があれば、小説も漫画もアートも作れるし勉強もできる。加えて音声や映像も扱えます。上手に活用すれば子供たちの表現力は高まりますし、先生の授業準備等の大変さも軽減されます。実際、「Springin’」を使っている先生からは「私が何の指示をせずとも、子供たちが勝手に使っています」との話を聞きます。そうして創作・表現活動に没頭し、一人一人のクリエイティビティーが高まれば、それが日本全体の国力を高めることにもつながると思います。

「環境がないからできない」という言い訳ができなくなる

――「Springin’」を現場に広げていく上で、感じている課題はありますでしょうか。

中村 デジタル端末やアプリの活用は、問題意識を持っている先生方には響きます。一方で「面倒」と思っている先生には、全く響きません。教育はあくまで「教えるもの」と考えているからです。一回使ってもらえればその良さは分かるのですが、その壁を乗り越えることに難しさを感じています。

佐藤 1人1台端末が国レベルで整備されたことは、歴史的にも画期的なことです。でも、その意味が分からない人からすれば、「それで何なの?」という話になる。一方で、マイノリティーではありますが、教育DXの意義や可能性を認識して、「Springin’」のようなツールを活用して創造的な学びを創り出している人もいます。

 こうした状況を見ても、今後は二極化が進むのではないでしょうか。ただ、以前とは違い、今後は「環境が整っていないからできない」という言い訳ができなくなる。つまり、今後生じる格差は、教委や学校、教員が、教育DXの可能性を見いだしているか否かの「認識の違い」によって生じるのだということを強調しておきたいと思います。

――そうした「認識の違い」は、どのように生じるのでしょうか。

佐藤 「教育がなんのためにあるのか」をしっかり理解しているか否かではないでしょうか。学習者を中心とした学びを創造しようとする先生にとって、テクノロジーは「鬼に金棒」となります。一方で、過去の成功体験に基づき「教育とはこうあるべきもの」と考えている人にとって、テクノロジーは単なる「重たい棒」「危ない棒」でしかありません。そうした先生方から見ると、「Springin’」もただのゲームにしか見えないことでしょう。

現場の先生方の熱量が、一つの突破口となる

――活用を広げていく上で、何か突破口となるものはあるのでしょうか。

中村氏

中村 高い熱量を持って活用する先生がいて、そうした方々の存在が一つの希望であり、突破口になり得ると考えています。例えば横浜市では、特に市として「Springin’」の活用を推奨しているわけではありませんが、一部の先生方が「授業で使いたい」と言い出し、その声が教育委員会にも届いています。そうなると、こちらから市に働き掛けることができます。一方で、私の地元・福岡市には教育委員会と交渉して「Springin’」を使える環境を整えてもらった上で、現場の先生方に働き掛ける形で活用を広げています。このように「現場」と「行政」の両面からアプローチしています。

佐藤 中村さんの所は、地元との連携がうまく行った例の一つです。一方で、教育ベンチャーと公教育の間には大きな溝があり、単独で乗り込んでいけば門前払いを食らいます。だからこそ国や自治体の支援が必要で、その点で今回の「Edvation Open Lab」は大きな後ろ盾になるでしょう。

 一方で、ベンチャーの人たちは公教育に対し「変わらない」「儲からない」との先入観を持っています。でも、「GIGAスクール構想」が推進され、国の支援制度なども登場する中で、思い描いていたことをビジネスにするチャンスは大いにあります。だから先入観を捨て、教育はサステナブルな事業が可能な領域なんだと思ってほしいですね。

中村 人間には、睡眠欲・食欲・性欲の三大欲求がありますが、もし四つ目があるとすれば「創造欲」だと思います。でも、その欲求を満たせる場はそう多くありません。現代社会は「消費」過多ですが、本来はもっと生活の中に「創造」があっていい。

 現状、多くの大人は「創造」が好きではありません。その原因を掘り下げていくと、間違いなく学校教育に行き着きます。だからこそ、小学校段階から「創造」が当たり前にしていく必要がある。「Springin’」がそのためのツールの一つになればいいなと考えています。

佐藤 私もよく「創造者」や「発信者」になろうと呼び掛けています。とはいえ、「創造」するには「書く」「描く」「踊る」「歌う」などのさまざまな技術が必要ですし、発信をすれば批判にさらされる怖さもある。でも、創造・発信をしてフィードバックを受け取れば、得られる成果は大きなものとなります。加えて昨今は、創造のプロセスを「ショートカット」できるツールもたくさんあり、これを使わない手はないでしょう。せめて「創造」「発信」する人が半分くらいになれば、世の中はずっと良くなるように思います。その点でも、学校はインプットだけでなく、創造・発信をして、失敗から学べる場になってほしいですね。

 何はともあれ、1人1台端末が整備され、「Springin’」などのツールを積極的に活用する先生も出始めています。この芽が大きく育っていけば、日本がEdTech先進国に変わる可能性もあると私は思っています。

――本日はありがとうございました。

[教育新聞ブランドスタジオ制作]

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