「ことば」が「ことば」であり続けるために 第16回博報教育フォーラム

(公財)博報児童教育振興会(成田純治理事長)主催、文科省後援の第16回「博報教育フォーラム」が2月23日、東京都千代田区の日本工業倶楽部で開催された。テーマは「『ことば』が『ことば』であり続けるために」。基調講演やパネルディスカッション、今年度第49回博報賞受賞者の中から3つの事例発表などが行われた。同財団の根幹である「ことば」をテーマにすることで「『ことば』とは、『ことばの力』とは何か」、これからの「ことば」のあり方について、あらためて見つめるよい機会となった。(フォーラムレポートは5月中旬完成予定)

「ことば」である、ということ ―コミュニケーションを問い直す―
鹿毛雅治 慶應義塾大学教授

基調講演で鹿毛教授は、「ことば」やそのあり方について話した。「デジタルやSNSの普及で、記号や単なる発信・受信など同一化、カテゴリー化されたものも『ことば』のように言われる。コミュニケーションの中の『ことば』は、『ことば』を発する人、その人の気持ちやからだと切り離せない。行間の意味を感じ、紡ぎだしながら発せられるものである。『ことば』が記号化されることで、わかったつもりになり多様性が失われてはいないか、『ことば』が効率化され手続き的なものにはなっていないか、問題意識を持つことが大切」と述べた。

その上で「『ことば』には、『ことばで感じとる』『ことばでつながる』『ことばで動く』といったコミュニケーションを豊かにする働きがある。今、AIの登場等で、答えのある時代から脱却せざるを得ない。今、問われるのは、人間の強みである『関わりの質』に焦点をあて、人間形成の根底から考え直すという発想の中から教育環境を考え直し『ことばの体験』を通して人間らしい生活と成長を意識していく必要がある」と指摘した。

パネルディスカッション・グループセッションでは、今回のテーマを掘り下げていった。コーディネーターは嶋野道弘元文教大学教授。パネリストには鹿毛教授、大澤成基群馬県伊勢崎市教育研究所日本語教育研究班代表(伊勢崎市立坂東小学校教諭)、梅田貴昭岐阜県岐阜市立明郷小学校校長、中田敬介福島県富岡町立富岡第一中学校・第二中学校三春校代表(富岡第二中学校校長)。

議論を深めるため、嶋野元教授は参加者に、近頃の「ことば」のあり方と変容について問いかけたところ、「ことば」のあり方が変わり、多様化し、届きにくくなっていると感じている人が多数を占めた。パネリストからは「表情などを感じ取りながらコミュニケーションすることが希薄になっている」「自分の思いは発信できるが、面と向かって伝えられない。伝えたいことがたくさんあっても、伝え方が分からないのだと思う」「『ことば』の本来の意味とは違った形で使われているケースが多く、『ことば』を受け止める側も感性が希薄になっている」――など現状に対する懸念の声が挙がった。

「『ことば』の力を感じたこと」「『ことば』が『ことば』であった事例」についてパネリストからは、「人間関係を作り出すきっかけになった時の実体験」「子供たちが経験を踏むことで表情や『ことば』に変化が見られたこと」「信頼関係の中での本音」――など、「つながり」「愛情」「尊敬」「想い」が関係する事例が挙がった。鹿毛教授は「教育現場で『ことば』の力を発揮させるには、感受性の背景にある子供への信頼が重要で、信じ、委ね、任せ、そして待つこと。そのような場であるからこそ、主体性を育むことにつながる」と指摘した。

グループセッションでは「『ことば』が『ことば』であり続けるために大切なこと」について、グループ(4~6人)に分かれ、模造紙に書き込み、よりよいものを一つ選び、短冊に記入し発表をした。参加者からは、「その場、その時、その瞬間」「情熱」「感覚」「自己確立」「認め合う」などの意見が挙がった。鹿毛教授は「人間多様性を踏まえ、一人一人をどう丁寧に見るかが重要である。具体的には、その場、その時の子供の表情など、言語だけではなく、非言語もあわせて理解しようとする心構えを大切にしてほしい」と述べた。

嶋野元教授は、「『ことば』には熱量、質量があるが、『ことば』を発する人間や受け止める人間によって異なり、『ことば』を発する人間や受け止める人間の背景やいきさつを『ことば』が背負っている。これからの『ことば』のあり方を考えることは、これからの人間のあり方を考えることにつながると思う」と結んだ。

「日本語ステップ」を中心に行われる学び合いの授業

日本語指導「ひろがることば・夢・希望」開発
群馬県伊勢崎市教育研究所 日本語教育研究班

群馬県伊勢崎市で日本語指導を必要とする児童生徒数は約400人。市内34校の小・中学校のうち17校に日本語教室が設置され、加配教員と外国語が堪能な市の支援助手が協力し日本語教室や在籍学級への指導を行っている。

同市教育研究所日本語研究班は「どう指導したら日本語を効果的に身につけることができるか」という思いをきっかけに有志が集い立ち上げた自主研究班である。6年間の研究を通して実感したことは、日本語指導では、日本語を教えるだけではなく、子供たちが「わかる、できるとうれしい」という思いを実感できる場面を多く作り、一人一人の夢や希望につなぐことが何よりも大切であること。そのことを実現するために、どこでも、誰でも、どんな子に対しても効果的に日本語指導ができるよう、日本語指導の標準化を行った。

具体的な活動内容は、①「伊勢崎市日本語ステップ」などを活用した系統的な指導力の向上②在籍学級などをつなぐ組織的な運営力の向上③班だよりなどを通した発信力の向上――の三つ。

組織的・系統的な指導力の向上のため活用している「伊勢崎市日本語ステップ」は、子供の日本語力を見取る共通指標として開発され、子供が日本語の力を身に付けていく様子を「日常会話の力」と「学習活動に参加する力」の二つの力に分け、七つの「ステップ」で示している(二つの力に分ける理由は、生活語彙(ごい)と学習語彙は全く異なり、日本語習得にかかる時間に大きな違いがあるため。日常会話に問題がなくても学習場面でつまずく課題がある)。「個別の指導計画」も用意し、子供一人一人の状況を具体的に把握することに努めた。全体(日本語教室・在籍学級・学校・市)で現状や課題、解決策の共有を図り、班だより、授業公開や研修会などを通じ市内外への情報発信を行った。

成果は、①初期指導の充実で子供たちが「日本語が分かる。学校が楽しい」という思いを持って、在籍校での生活を順調に開始できるようになった②「日本語ステップ」を中心に授業改善を進めることで、子供の学習ニーズに応じた指導が可能になり、学習意欲と自己肯定感が高まった③日本語を母語とする子供たちも、互いの違いを認め、一緒に高め合っていこうという姿勢になった④「学校全体で指導の工夫を考えよう」という意識を管理職以下全員で持ち取り組めるようになった――の4点。

研究班の大澤成基代表は、「段階に応じた実践例を蓄積し、組織をつなぐ系統的に広げる指導をより充実させていきたい」と今後の抱負を述べた。

「話し合い活動」の中で、自己肯定感を高めていく

明郷小学校ことばの教室「吃音の会」
岐阜県岐阜市立明郷小学校 言語障がい通級指導教室(ことばの教室)

明郷小学校言語障がい通級指導教室(ことばの教室)は、2018年度現在、5教室が設置され岐阜市内の約30の小学校から児童約80人が通っている。中でも吃音(きつおん)のある児童に対しては「吃音の会」を通して、他に見られない特徴的なグループ指導を実施している。吃音は同じ境遇の仲間に出会う機会が少ない。吃音の問題はことばが滑らかに話せないことよりも、吃音を恐れ話すことを避け、自身もその保護者も自己肯定感が低くなってしまうことにある。

15年前から始まった「吃音の会」は、2013年には年3回開催となり、吃音のある児童だけではなくその保護者も参加し、近年は、近隣のことばの教室担当者に呼びかけ岐阜市内外から15組程度が参加するなど広がりを見せている。活動の目的は、吃音の児童とその保護者が仲間と出会い、吃音との付き合い方を学びながら、自己肯定感を高めること。具体的な活動は、「児童の活動」と「親の会」で構成されている。

「児童の活動」は「仲間と出会う」「さまざまな体験や考えに触れ知識を広げる」「吃音との向き合い方を学ぶ」の内容で実施。各活動で「話し合い活動」と「なかよし遊び」を取り入れている。「話し合い活動」は、吃音児童の悩み、児童との対話から知り得た内容や開催時期に応じテーマを設定し、実際に体験した出来事や、専門家などのゲストティーチャーを招き質疑応答を交えながら話し合いを行う。「なかよし遊び」は仲間と一緒に「伝言ゲーム」「ドッジボール」「言葉集めゲーム」などで、ことばの流ちょうさを気にせず、会話と遊びを思い切り楽しむ場である。

「親の会」は、①子供の吃音への不安の解消②悩みを忌憚(きたん)なく語り合う③正しい知識の習得――などを狙いとし、ゲストティーチャーの話を聞く活動、保護者同士の意見交流などを実施している。

これらの活動を通して、吃音のある児童は孤独感から解放され、安心感を得たことで話す意欲が高まり、人と進んで関わろうとする気持ちや行動、自信を生み出している。保護者たちも気持ちが楽になり、吃音への理解、関心も高まっている。

同小学校の梅田貴昭校長は「児童が、話し合うことの楽しさ、自分の思いをことばにして伝えることの大切さを経験し、自分なりに吃音との付き合い方を前向きにとらえ、自己肯定感を高めていることを実感している」と手応えを感じながら語った。

「ふるさと創造学サミット」での発表の様子

「知る」「広げる・深める」「つなぐ」ふるさと創造学
福島県富岡町立富岡第一中学校・第二中学校 三春校

東日本大震災に伴う原発事故により、双葉群富岡町の子供たちは避難を余儀なくされ、富岡町立富岡第一中学校・第二中学校は50キロ近く離れた三春町で授業を再開し、現在に至る。双葉郡では2014年に、震災時幼かった子供たちから地域の文化・伝統の記憶が薄れゆく危機感を抱き「ふるさと創造学」を通した学びが双葉郡8町村の学校で始まった。「ふるさと創造学」とは、震災で子供たちが得た経験を生きる力に変え、ふるさとへの誇りと自ら未来を創造する思いを育むため地域課題に取り組むもので、教育活動のベースとなっている。これらの取り組みを発信し、成果を発表する場として、毎年12月に「ふるさと創造学サミット」を実施。双葉郡内の小・中・高校生が一堂に集まり、町村・校種の垣根を越え、取り組みを共有している。

三春校では「ふるさとから学ぶ」を全校テーマとした。自分とふるさとの「ひと」「もの」「こと」との関わりを深めることを狙いに、1年生は「知る」、2年生は「深める・広げる」、3年生は「つなぐ」をテーマに、課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現の四つのプロセスを踏まえ「ふるさと創造学」に取り組んでいる。避難町民に直接話を伺い、町民にとって原風景である場所や、思い出と日常の場所について聞き取ったり、避難解除後の町を歩き、取り壊された家屋の状況を調査したりした。また、震災で途絶えている400年以上の歴史がある「麓山神社の火祭り」を絶やしたくない町民の思いを知り、その思いに近づくため生徒自身が火祭りで使うたいまつの作成を体験し、18年に復活した火祭りに自ら参加した。

三春校は2021年度をもって閉校を迎え、18年度に再開した富岡校のみになる。転校するかどうかは家庭の事情によるため、生徒は離ればなれとなる。そこで、三春町で学んだことを未来の富岡校の後輩に伝え、ここで過ごした感謝の思いを忘れないため、富岡町と三春町を「桜」でつなぐプロジェクトを立ち上げた。富岡町は「夜の森の桜並木」、三春町は「滝桜」が有名であることから、「桜」でつなごうと、育てた苗木の植樹を実施。今年度の「ふるさと創造学サミット」でプロジェクトについて発表し、生徒は伝えたい思いを「未来を切り拓く」という言葉で表現した。「未来を切り拓く」の意味は、震災や原発事故、今も続く避難生活など天や運命を恨むことなく、自分の力で将来を「生きること」を体現した言葉である。

三春校の中田敬介代表(富岡第二中学校校長)は「『ふるさと創造学』を通した学びは、子供たちに、たくましく生きてほしいという願いと、この取り組みの精神が三春校の教育活動の全体をつらぬくスピリッツとなり、勇気と希望を与えている」と感慨深く語った。