(鼎談)学ぶ充実感のある算数・数学教育 part3【算数・数学教育特集】

part2 の続き )

つらくても「考える授業」を

藤井 6年生で、正方形の一組の対角をそれぞれ中心とする2つの4分の1円同士が重なる面積を求める問題。自力解決に入って机間巡視しながら、ずーっとしゃべっている先生がいます。答えを出すのが目的だと思っているから、それを出すための手立てをたくさん組む。その結果、考えなくなる。

加固 子ども自身から発想が出ると、「あーっ」と子どもたちは言います。

柴田 問題の図で円の重なるところが塗られていますが、そこに着目するか、塗られていないところに着目する。いろいろな発想が、本当は面白い。

加固 着眼点や問題を解く取っかかりを考える。一般化や統合、解ける形に直す。そういう発想の仕方を授業の最後に押さえるのが大事です。解ける子は、技能で解いてしまう。でも、ある子が、こういう理由で分からないと言うと、そこから考え始める。

藤井 こう見ると、やはり、定着という言葉は使わないほうがいい。

加固 授業上手と言われている先生の中には、答えにたどり着くヒントを多く言っていく場合があるように思います。すると、子どもが活発に反応してずっと取り組み続けるから、授業を見ている人は、自分もああいうふうにしてみたいと思えてきます。でも、そんな授業を毎日されたら、子どももいつか嫌になる。

柴田 教師から何か言われないと考えなくなる。

藤井 ヒント待ちになる。

加固 そういうクラスの子は、どこか弱い。やはり、週、1、2回は、つらくても考える授業をするのが大事だと思います。

藤井 最後に態度の側面から。新しいクラスを持つと、子どもたちが身に付けている態度があります。前の先生の影響で。

加固 あります。

藤井 それを変えるには、どうすれば。3カ月くらいかかるのでは。

加固 かかります。

藤井 HOWの態度を志向している子どもたちをWHYに変えるには、どんな手を打つのでしょうか。

加固 こちらからWHYを問うしかないです。最初のうちは答えまで教える。しだいに考え方を問う。

自由で面白いを実感させる

東京学芸大学附属小金井中学校教諭 柴田翔
東京学芸大学附属小金井中学校教諭
柴田翔

柴田 1年生初めの正の数で小単元を組み、3、4時間をかけて、1桁フィボナッチ数列の性質を使った「17段目の不思議」をやったりします。それで固定的ではない数学観のようなものを養います。何でそうなったか考えたくなるように。数学的な考え方には、日常で絶対に使わない性質もある。「17段目の不思議」では、足し算の繰り上がりを考えず、1桁の縦だけで考えていく。日常では使わないけれど、数学的に考えるととても面白い。そういうメッセージを伝えます。数学を数学的に解くって自由だぞ俺らは、みたいな。すると「あ、そうなんだ」と。数学の歴史はそういうものです。数学者が考えているミニ版でいい。数学的な見方、考え方は、やはり数学者の思考を模したものだと思うのです。

藤井 自由だというのを態度でいうと、最後は知的に自立してほしい。

柴田・加固 そうです。

藤井 そうすると、教師は教導の権威をかざすのをどこかでやめ、子どもも、正しいことは先生の口から出てくるとは必ずしも限らない。自分たちで見つけなければいけないみたいな態度に、本当はなってほしい。

加固 そうですね。

藤井 それって、どこかで切り替える必要がある。

加固 あると思います。最初に教科書を見せず、自分たちで知識を生み出し、単元が終わったあとで教科書を見せるとか。

藤井 この前、見た授業では、小数同士のわり算で子どもたちから意見が2つ出た。両方ともよいのですが、先生がこっちと言って、それで終わり。

柴田 考えた子どもがかわいそうです。

加固 筆算の形式でいえばこっちというだけで、1つに結論づけてしまう。

藤井 そのほうが少しは便利というだけで。そのクラスでは、正しいことは先生が言う。これでは、知的に自立する子は育たない。

柴田 固定的な数学観をもっていると、先生は権威的になる。でも数学は権威的ではない。

加固 だから、固着しないのが、態度面とか関心面で大事な気がします。自分たちでどんどん変えてみようとか、発展させてみようとかといった態度が大切。

藤井 さきほどの小数同士のわり算で、「先生、こっちでもいいんじゃない」と言う勇気のある子は、なかなか出にくい。

加固 その教室では。

藤井 要は、そういう学級文化を作るわけだね。

柴田 そうですね。

藤井 学級文化が数学的な態度を育てるともいえそうですね。

part1 | part2 | ページ上部にもどる

関連記事