(提言)数学的見方の活用で充実感を【算数・数学教育特集】

第98回全国算数・数学教育研究(岐阜)大会の研究主題「学ぶ充実感のある算数・数学教育」に合わせ、「学ぶ充実感のある算数・数学教育への提言」をテーマに学者、研究者、実践者らに提言してもらった。


 

都留文科大学文学部初等教育学科非常勤講師 滝井章

「何のために算数の勉強をするの?」「算数の勉強をすると何の役に立つの?」
 
公立小学校の子どもの多くが心の中で思っていることである。この疑問を向けられたとき、子どもから主体的な学び心を奪う答えがある。

「大人になったとき困るから」「大人になったらわかるから」

そもそも分数のかけ算やわり算など、学校教育以外で求められることなどない。

平行四辺形や三角形、台形、円の面積も然りである。計算力自体も、レジがバーコード化され、携帯電話に電卓機能がある今、その必要感も薄くなっている(文明の進歩は人として求められる記憶力でさえ衰えさせている。電話番号を何軒記憶しているだろうか)。

次のような答えも、子どもから主体的な学び心を奪う。

「受験で困るから」

確かに大学受験では、数学を必要とする学部もある。しかし、AO入試などの割合増加により一般入試の割合が著しく低下している今日、説得力は低い。

「数学が求められる職に就けなくなる」

この答えも、「数学の知識・技能がすべての職で求められるとは限らない」だけに、すべての子どもの主体的な学び心を引き起こすことは難しい。

子どもが算数の授業に主体的に学ぶには、算数を学ぶ充実感を授業中に、そして授業外で味わえることが不可欠である。

そのための有効策として、次の2点が考えられる。

(1)「わかった!」という感動をもたせる算数授業を受けられること

算数の授業とは、教師が教えるものではない。子どもがノートに先生の話を書き取り、板書を写すだけなら、学校に来る必要はない。映像授業でことは足りる。

学習指導要領にある学習内容を指導する日々の授業の中で、子どもの心の中に疑問をもたせ、その疑問を子どもが考え、気付き、「分かった!」にたどり着く充実感を味わわせるために何をするかが、公立小学校現場教師の腕の見せどころである。

そのためにも、分数のかけ算、わり算をはじめすべての学習内容に「なぜ、何のために、どのような力を育てるための学習か」の明記が学習指導要領に求められる。

(2)算数授業で身に付けたものの見方などが「なるほど!」と感じられる経験ができること

算数・数学教育界でいわれる「計算力」は一般社会でいわれる「計算力」と違うという話を企業の方からよく聞かされる。

一般社会で求められる計算力とは「見通し」「シミュレーション力」などである。この力が欠如すると、「作ってみたら○○がなかった」「予算が足りなくなった」という話が生まれてしまう。

それだけに、算数の授業で身に付ける「見通しを立てる力」「解決に必要な条件を考える力」「多面的に考える力」「考え合う力」などを日頃の学級活動や学校行事などで活用できるよういかに仕掛けるかが、公立小学校現場教師の腕の見せどころである。

そのためにも、公立小学校では、算数で身に付けたものの見方などを活用できることで充実感を味わわせる場の設定の余裕が求められる。

主体的に学ぶことは、「主体的に学べたか」を評価することで育つものではない。むしろ「主体的に学ぶことができたか」の評価の対象は子どもではなく教師であり、子どもが主体的に学ぶことができる授業が実践できる教師の育成が重要課題である。

日本中のすべての公立小学校の教室で、子どもたちが算数を学ぶ充実感が味わえ、すべての子どもの「主体的に学ぶ」についての評価が「A」となる算数授業が展開できることを期待する。