ネットは知の集合のはず だが思想の誘導になっている

前東京女子体育大学准教授・聖心女子大学非常勤講師 榎本 竜二

20170526_n9榎本・イラスト1インターネットは、時間や場所を超えた利用ができることにより、ビジネスだけでなく、人とのつながり方も変えてしまった。個人にとっては、生まれや老若男女を意識せずに、純粋な匿名コミュニケーションを行える場であった。

ところが今では、ちょっとした文章表現の稚拙な部分をとらえて思想の決めつけをし、排除する場となっている。そこには年上への敬意や年下への配慮、異文化への考慮など微塵も感じられない。ただひたすら駄々っ子のように繰り返し攻撃を行う。

子供がネットを悪く使うのではない。悪い使い方しか見ていないし知らないから、悪い使い方をしてしまうのである。

情報モラル教育として、現在の学校や家庭で行われているのは一方的な禁止教育である。実効性の低いルールが決められ、意味の無いスローガンが掲げることに力を入れている。子供たちの中に情報モラルを浸透させていくには、どのような点に注意すればよいのだろうか。

◇―――◇
守るためには知らないといけない=科学的な理解

効果的なモラルやセキュリティの教育を行うためには、まず、対象であるネット自体や、そこでの振る舞いの結果が何を引き起こすのかを具体的に理解させることである。技術的な難しい話は不要で、世間で起こっている事件と現状だけを提示すればよい。大事なのは「何をしたのか」「どうしてそうなったか」を子供たちに考えさせることである。そして「どうしたら、そうならないようにできるのか」を思考につなげていく。

例えば、子供たちはよく書き込みの解釈の違いでトラブルになる。これは自分の友達なら、最初からけんかしようと思って書き込んでいる人などいないという事実を認識することで防げる。短文で急いで書き込みをするため、文章に誤解の余地が生まれ、トラブル(炎上)になる。相手の人格を否定し、敵と味方を分けてしまう。そうなる前に必要なのが、目の前の現象や事実から冷静に物事を考える習慣なのである。

◇―――◇
20170526_n9榎本・イラスト2誰かを助けるためなら子供は能動的になる=主体的な学び

自分のネット利用が制限されるのには非常に抵抗するが、ネットによって困っている弱者を前にすると、子供たちは積極的に動き始める。

私が「君たちの弟妹、後輩などがネットトラブルに巻き込まれている」という前提で話しかけると、多くの学校の子供たちは積極的に解決策を考えてくれた。伝えたポイントは、相手は目下なので、わかりやすい解決策にすることと、具体的な説明にすることの2点である。すると、「何歳ぐらいだったら何分まで」とか「買い物はあえて面倒な設定にしておく」というような具体的な数字や行動の提案が出てきた。

先に使い始めた誰かの利用方法が悪い例であっても、継承されてしまうのがネットである。しかし、自分より年下のトラブル解決のために話し合っているうちに、すぐに返事を書かなければならないルールの無意味さや、仲間はずれにする行為の愚かさに気づいていく。大人から強制的に禁止されるのではなく、自らの気づきから全員が得をするルール作りへと進んでいく流れを作っていきたい。

◇―――◇
大人の役割を自覚して大人として振る舞う=大人の社会的責任

助けを求めたいのに、逃げ出されたり、たらい回しにされたりしたら子供は大人を頼りにしなくなる。自分が詳しくなくても、調べる力や人脈を総動員して解決できるのが大人である。困ったときは近くの大人に頼る、という考え方を子供たちに定着させるだけでトラブルの大半を防ぐことができる。

またネット使用時間の大半は学校以外であるため、ポイントとなるのが保護者である。子供たちは自分が誰にも迷惑をかけていないと思っているが、何かあったら、金銭的・社会的責任を取るのは保護者である。

子供は正しい知識を得ても、持続的に良い行動を維持するのは難しい。しかも、トラブルが発生したときに学校だけでは事態を最終解決までには導けない。プロバイダやアプリ内の各種サービス会社と契約しているのは保護者や子供たちという、あくまでも個人だからだ。学校から取り消しや解約を働きかけることはできない。アドバイスやヘルプはできるが、実働しなければならないのは保護者であるとの自覚を持ってもらわねばならない。

学校と家庭が大人の役割を果たしたとき、初めて情報モラル教育や情報セキュリティ教育が効力を発揮するのである。


【情報教育特集】トップページに戻る