自分事として考え議論する道徳へ

春原裕太 東京都千代田区立九段小学校主任教諭

児童に思考の一貫性をもたせる授業づくり
児童に思考の一貫性をもたせる授業づくり
■明確な指導観を持つ

「特別の教科 道徳」(道徳科)の全面実施まで、いよいよ10カ月(中学校は1年10カ月)となった。道徳科では、「考え、議論する道徳」への質的転換が求められている。

さて、何について「考え、議論する」のだろうか。それは言うまでもなく、「自分のこととして考え、議論する」のである。道徳の授業の中で、今までよりもさらに「自分のこととして」考える時間や、指導の充実が求められている。

では、どのようにすれば「自分のこととして考え、議論する道徳」を実現できるのか。

私が大事にしているのは、教師の「明確な指導観」である。(1)価値観(2)児童観(3)教材観――からなる、教師の教育観ともいえる。

ここで本時のねらいとなる「内容項目」の解釈と指導の状況を明らかにする必要がある。学習指導要領および解説に記されている内容項目を、教師自身が解釈し、児童に何を考えさせたいのかを明確にしなければ、道徳の特質を押さえた学習にはなり得ない。

指導観が明確になれば、指導の工夫について具体的に考えることができる。「問題解決的な学習」や「道徳的行為に関する体験的な学習」である。これらの指導法を有効にするために、明確な指導観が大切なのだ。

問題解決的な学習が本当に効果的か、体験的な学習をする必要性が本当にあるのか。表面的なものではなく、指導観と児童の道徳性の成長を鑑みて選択していきたい。展開後段の工夫についても同様である。

■道徳科における「質的転換」

私は発問構成や指導の工夫について考える前に、児童に提示する教材を丁寧に読む。自分の指導観が明確で、教材や児童の実態が合致していると、頭の中で自然と児童との授業が始まる。次々と発問が浮かび、児童がテンポよく話し合っていく。こうなれば、あとはそのイメージを具体化し、実践するだけである。

道徳科における「質的転換」とは、児童が道徳的価値を理解し、これまで以上にその自覚を深めることだ。そのために今求められているのは、明確な指導観を持った指導の工夫なのだと、私は考えている。

■授業の組み立て

このような考えのもとで授業を組み立てる際に、私は「事前―展開前段―後段―事後」と、一貫した発問構成になるよう常に意識している。

中学年「心と心のあく手」(文科省『わたしたちの道徳』)を使用した授業では、事前アンケートで「思いやりとはどういうことか」と問い、結果を本時の導入で紹介した。同様の問いを中心発問と展開後段の発問で行うことで、児童に思考の一貫性をもたせるようにした。

また展開後段では、道徳ノートやワークシートを必ず活用している。その記述が、児童の考えを深めるだけでなく、教師自身の振り返りにもなるからだ。その蓄積は、道徳科における評価にもつながるのではないかと考えている。これをポートフォリオとして活用すると、児童の評価と教師自身の指導を振り返ることになる。

低学年を担任するときは、展開前段での役割演技や動作化をよく取り入れている。必需品は名札やお面。どちらも「なりきる」のが大事である。

■葛藤教材の活用

教材の中には、葛藤教材といわれるものがある。どの学年にもあるのだが、心のバロメーターが効果的だと考えている。赤と青の2色を使い、葛藤場面の心情を表出する教具だ。学級全体でも小集団の話し合いでも活用できる。また高学年では討論形式や立場を交代しての話し合いに、葛藤教材は適している。

いずれの工夫も教師の明確な指導観なくして、効果的に活用することはできない。「考え、議論する道徳」への質的転換は大切である。しかし、その根幹には道徳科の目標があるのを忘れてはならない。

道徳科の授業が、児童のよりよく生きるための基盤となる道徳性を養う時間であることを強く自覚し、児童とともに自己を深め、より充実した道徳の授業を目指す一教師として、今後も研さんを積み、実践を重ねていきたい。


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