未来に生きる児童生徒のために、今こそ決断すべきときだ

信州大学教授 東原 義訓

この国は、いったいいつになったら、教育の情報化に本気になれるのだろう。

1985年に学校のICT環境整備のためにわが国初の補助金(20億円)が交付されてから35年を数えるが、学校の現状はそれほど変わっていない。当時、臨時教育審議会が指摘したことは次のような意味であった。

「以前の学校は児童生徒にとってすごいところだった。一般の家庭にはないテープレコーダーやテレビが学校にはあった。家庭では不可能な先端技術を活用して学ぶことが学校ではできた。ところが、今(85年当時)は、家庭の方が進んでいる。もう一度、学校を家庭よりも進んだワクワクする環境に整備しよう」。

この考え方によって、インテリジェント・スクールが構想され、学校環境は魅力的なものになるはずであった。しかし、今日に至っても、家庭や社会の情報環境が、学校より遥かに進んでしまって、学校だけが取り残されているようだ。

95年は100校プロジェクトによって、全国の約100校がインターネットに接続され、遠隔共同学習が開始された。全国初の小学校におけるテレビ会議システムによる遠隔授業が実施されたのもこの年だった。その後、1000校プロジェクトを経て、どの学校でもインターネットの活用やテレビ会議システムによる遠隔教育が広がっていくかに見えた。しかし、現実は、今日でも学校とインターネット間の帯域の不十分さなどのボトルネックがどこかにあり、快適に活用することが困難な学校が多数ある。

2009年の政府の「スクール・ニューディール」構想では、「21世紀の学校」にふさわしい教育環境の抜本的充実を図ることとし、耐震化、太陽光発電、ICT環境の整備等を一体的に推進するために4900億円の補助金(1/2補助)が用意された。しかし、地方自治体の対応力や政権交代の影響等もあり構想通りには進展せず、児童生徒3.6人に1台のコンピュータを設置する当時の目標値は今日でも実現できていない。

一方、2010年からの普通教室における一人一台環境での学習者用デジタル教科書の活用等が実施されたフューチャースクール推進事業、学びのイノベーション事業の実績を契機に、教育の情報化に向けた国の動きは大きな転換期を迎えたように感じる。それは、新学習指導要領の実施に合わせ、教育の情報化に向けた国レベルの総合的な取り組みが次々と展開されているからである。

たとえば、学習者用デジタル教科書の法制化、学校教育の情報化の推進に関する法律の施行、教育職員免許法施行規則の改正による各教科の指導法に情報機器及び教材の活用が含まれたこと、学習指導要領による「情報活用能力の学習の基盤としての資質・能力としての位置付け、ICT環境整備とICTを活用した学習活動の充実の明記、小学校プログラミング教育の必修化」、ICT環境の整備方針の策定、地方財政措置、さらには、未来投資戦略2019、統合イノベーション戦略2019やAI戦略2019などによる「パソコン1人1台環境」の閣議決定など、これまでになかった動きが見られる。

このような国の多面的な動きこそが、学校のICT環境整備の遅れに危機感を抱かれていることの証とも言えよう。ICT環境整備の補助金が保証されていないのを除けば、国がやるべきこと、できることは大部分が実施された。このような大きな変化が起こっていても、児童生徒用コンピュータの整備率はこの1年間で0.9ポイント上昇しただけの18.6%にとどまっている(19年3月)。

国がここまでやったのなら、未来に生きることになる児童生徒の幸せのために、今度は、地方自治体がその責任を十分に果たすべき段階と言えよう。その核ともいえる教育委員会関係者はICT環境整備の必要性や関係する最近の動きを把握できているのであろうか。首長部局と教育の情報化の必要性を共有できているのであろうか。整備率に基づいて区市町村を色分けした各都道府県の地図(文部科学省公表)を眺める限り、疑問を抱かざるをえない。学校のICT環境整備を掲げる全国ICT教育首長協議会への加入率は10%にも達しない。

このような危機的状況の中で打開策はあるのだろうか。わが子の幸せを願う保護者の弱みに付け込んで、保護者負担の道に舵をきることは、決して正しい選択とは言えないだろう。それぞれの地域の繁栄や、この国の繁栄がさらに危ぶまれるギリギリのところまで追い込まれない限り、教育にさらなる地方予算や国家予算を投入する決断ができないとしたら、それはあまりにも悲しいことである。


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