(鉄筆)小学校で「特別の教科 道徳」が全面実施された。…

小学校で「特別の教科 道徳」が全面実施された。賛否両論ある中でのスタートである。道徳教育を考えるとき、最高裁が示した一つの見識を思い出さずにはいられない。北海道旭川市の中学校で起きた全国中学校一斉学力調査を巡る刑事事件で下した判決である。1976年の判決はこう述べる。

個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子供が自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子供に植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されないと―。政治が右にぶれれば指導も右にぶれる、左にぶれれば道徳も従うといったことはいけないというのである。時代を貫く道徳が求められるゆえんである。それは中立・公正な道徳と言ってもいい。

道徳科で、子供は善悪の判断や親切心、規則を尊重する姿勢、伝統と文化の尊重を教わる。どれも教える側の価値観や考えが反映されやすい。価値基準が大きく揺らいでいる時代だからこそなおさらである。道徳教育の復活を復古主義と結び付ける人たちがいた。教育勅語と絡めて政府と文科省をただす人たちもいた。逆に道徳教育を機に憲法改正論に弾みを付けたいと考える人たちもいた。

そうした雑音をかき消せるのは先生たちである。これまでに培った教育力を生かせば、柔軟でぶれない道徳教育が芽吹くに違いない。そこには子供たちの笑顔が見える。