(鉄筆)「特別の教科」として……

「特別の教科」として今年度から小学校で道徳が教科化され、中学校も来年度からの実施を控えている。教科としての道徳は戦前の「修身」教育から実に七十数年ぶりで、かつての道徳を巡る激しい反対運動を顧みると、隔世の感を禁じ得ない。「教科・道徳」は、順調な船出をしたといえよう。

その折、格好の「参考書」が出版された。『誰が「道徳」を殺すのか 徹底検証「特別の教科 道徳」』(森口朗著、新潮新書)である。「道徳教育こそ国民性を表す」と考える著者(教育評論家)が、現在に至るわが国の道徳の歴史をたどりながら、教科化の問題点、いじめとの関連、各国の道徳教育事情などさまざまな視点から考察する。

道徳教育に何を求めるのか。この問いは、賛成・反対派の対立構図を生んだ要因でもあるが、著者の回答は明快である。「必ずしも世界中の学校で道徳教育が行われているとは限らないが、モラルを持たない国民や民族はいない。モラルがなければどんな社会も成り立たない」、つまりモラル=一市民としての良識だ。

フィンランドの宗教教育、フランスの公民教育、英国・米国の市民学習、各国の国民道徳の基底にキリスト教が存在することを指摘した上で、著者はそれを持たぬ日本人のモラルに言及する。「教科になっているかどうかとは関係なく、日本人のモラルの高さは世界的にも一定の評価を得てきた。大震災の被害の中でも混乱が起きず、順番待ちや譲り合いが見られた」。この視点に立脚すれば、日本の道徳教育の前途は開かれよう。